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銀糸の悪魔は残滓に嗤う2(プロイツェン)

ヒカルの整備技術については正直侮って考えていた面が大きかったが、蓋を開けてみればベテランの人間とはまた違うオーガノイドシステムに合わせた構成が成され出撃成果においても問題はなさそうだった。
士官学校では習う筈のない、巧みな技術にプロイツェンは眉を顰めたが、彼女の養父を思えば納得がいった。彼から先だって教え込まれているとすれば、年齢や階級で判断するより遥かに使える人間だろう。
レイブンにしか付き従わないシャドーも、彼女に対しては敵意を向けていないようにも見られた。

「…。」

第一印象では似つかないと感じた筈のヒカルの横顔に養父の影がちらつく。プロイツェンは暫く無言でモニター画面を見つめていたが途中で電源を落とした。


「…如何致しますか。」
「レイブンの見つけた玩具だ。軍務に問題がないなら、飽きるまで好きに使わせてやれ。」


跪かせた時は冴えない女だったのに、ゾイドの隣に立つ様は美しく見えた。奇妙なざわつきが胸を這う。
あれはレインではない。彼の実子でもないというのに。

ア レ ガ ホ シ イ。

プロイツェンは内側から湧き上がる他人事のような欲望を疑問に思いながらもそれに抗おうとは思わなかった。

***

「…は。プロイツェン元帥が私に報奨を?」
「そうだ。本日18時に指定の基地へ必ず来るように。」


レイブンの機体を整備し始めてから一月が経った頃。ハーディンからの入電にヒカルは大いに戸惑った。転属前に初めて呼び出された時は何事かと思ったが、面談内容は至極普通であっけなく解放され拍子抜けした位だ。
軍務においてもレイブンからは横暴な面を感じる事があったものの、プロイツェンからの無理難題は特に何もなく。噂に聞く彼の悪い面は彼女にはこれまで向けられなかった。

基地の責任者に事情を話し、足の速いレドラーを借りる。
搭乗を待っている際、格納庫ですれ違ったレイブンが眉を顰めてこちらを見たが、彼女は冷静に笑顔を返した。


「…珍しいな。何処へ行く。」
「プロイツェン元帥からの呼び出しで少し空けます。本日中には戻るかと思いますが。」
「プロイツェンがアンタを?」


レイブンは不機嫌そうに顔を歪めたが、特にそれ以上の追求はなかった。手土産か何かが必要かとも思ったが、一般兵からの贈答品など露ほど興味もないだろう。身なりだけ綺麗めの軍服を纏い、ヒカルは基地を離陸した。

***

「時間通りだな。」


所定された基地に着くと、押し込まれるように軍用車に乗せられた。既に後部座席に座っていたハーディンに一礼し静かに乗り込む。じろり、と睨むように一瞥された後、運転手にハーディンは一言二言何かを伝えていた。


「5分で着替えなさい。」


立ち寄ったブティック風の店で渡された黒いレースのワンピースに彼女は俄に固まった。成程、軍服はドレスコードではなかったらしい。初めに伝えて貰えればと思ったが、元帥の前に立てるような上等な私服などひとつも持っていない事から同じ事かと肩を落とした。すぐに袖を通すと、慌てたように奥から現れた店員に化粧と髪を整えられる。
女性らしい身なりをしたのは、大人になってから初めての事だった。


「…お手数お掛け致します。」
「貴殿の事は概ね把握している。私は閣下からの命に期待を裏切らぬよう行動しているだけだ。」


ハーディンの淡々とした物言いは何処か冷ややかさも含まれている気がした。
再び軍用車に押し込まれ、着いた先は郊外の邸宅だった。プロイツェン所有の邸宅の一つなのだろうが、それを前にしてヒカルは背中が冷えた。

(え、これってもしや食事か何か?いやいや、元帥とテーブルを一緒にとか考えられないんですが…)

***

「よく来たな。軽いコースだが好きなものを食すと良い。」
「…はい、」


何とか笑顔で返事を返したものの、手はあまり動こうとしなかった。10人は座れるであろうダイニングテーブルにプロイツェンと彼女だけが席についており、目の前には豪奢な料理が並んでいた。トーマとの繋がりでシュバルツ家を訪れた事がある経緯から最低限のテーブルマナーは心得ている。しかし、プロイツェンの視線を受けながら平然と食事を取る心臓は持ち合わせていなかった。
何とか口に押し込むが、あまり味を感じられない。
勿体ないなと目の前の食事に対して申し訳無さが募った。


「君は、終戦後の事は考えているか。」
「は、戦後の事ですか?いえ…、この戦火の中では…先の事はまだ。」
「今度の作戦が功を奏せば反乱軍の首都は間もなく陥落する。そうすればレイブンの任務も今後ぐっと減るだろう。」
「え…」


この戦争が間もなく終わる?思いも寄らなかったプロイツェンの言葉にヒカルは固まった。


「私は今、第一にガイロス帝国軍の指揮官であるが、同時にゾイドシステムの解明について考古学分野にも非常に興味を持っている。どうかね、戦後は私の管轄する研究所で働いてみては?悪い話ではないと思うが。」
「け、研究員ですか?有り難いお話ですが…、私、そういった学は持ち合わせがございませんので…」
「生前レインとは遺跡調査をしていたのでは?」
「、それは…。養父との旅の経験が、国家研究の役に立つとは思えないので。」
「私は価値の無いものを評価はしない。例え君を雇ったとして、あまりに相応しくなければ辞めると言い出す前に解雇するだろう。」
「…」
「今は君の働きにそれだけ価値を感じていると言う事だ。結果を出し、かつ、レイブンとうまくやれる人間などこれまで居なかったからな。」


淡々とした口調だったが、プロイツェンは満足そうだった。終始、冷静な声色にヒカルは彼への印象がまた少し変わる。しかし、彼の目指す先は独裁国家であり、和平協定ではない。自分に向けられる好意的な紅眼を彼女は残念に思った。


「…プロイツェン閣下。お話は非常に魅力的でありますが、私は元帥閣下のお力にはなれません。」
「ほう、そう返答をする理由を聞いても?」
「養父との記憶を掘り起こす事を、今の私はまだ良しと致しません。情けないと思われても仕方ない事かと思います。帝国が勝利を治め終戦が近い事は大変喜ばしい限りですが、将来は改めて考慮したいと存じます。」
「…貴様、」


ヒカルの言葉にそれまで部屋の扉口で無言を貫いていたハーディンが声を上げる。ああ、不敬な発言だとこの場で処罰されてしまうだろうか。しかし、プロイツェンは彼女を見て楽しげに不敵な笑みを浮かべていた。一瞬、戸惑うヒカルだが、すぐに察した。
違う。この人は、自分を見ているのではない。今、彼は私を通して養父の影を見ているのだと。


「…この場で良い返事を貰えなかったのは残念だ。だが、構わん。また勧誘しがいがある。」
「閣下…、」
「ハーディン准将。今夜は彼女への報奨の場だ。そう感情的になるものではない。」


プロイツェンに窘められ、ハーディンはそれ以上食い下がる事はしなかった。内心、ほっと肩の力が抜ける。それからの話は滞りなく終わり、退室となった頃。プロイツェンに傍へ呼ばれた。

他意なく近付く。間近で見る彼は背が高く、アルビノのような肌の白さときめ細やかさだった。左手が静かに差し出される。一瞬躊躇ったが、彼女は一礼しその手を取った。
挨拶と上官への忠誠を示す為、口付けをする素振りに留めるつもりだった。

顔を臥せた瞬間、やんわりと顎を掴まれた。
抵抗を考える間もなく、顔が掬われて唇が重なる。すぐに解放されはしたが放心状態で、彼女はプロイツェンを見つめ返した。


「帝国軍の全ては私のものだ。」
「…私個人は国軍のものではございません。」


瞬間、プロイツェンの赤い目が牙をちらつかせた。初めて向けられた好戦的な視線。彼のこの獰猛で妖艶な笑みに陥落するのは女性だけではないだろう。だが、彼女には魅力的に映らなかった。ヒカルにとっては戦火に汚れたゾイドの方がよほど輝いて見えた。


「お前は確かにレインの子供だ。」


あと何回、命の保証はされるだろうか。
彼女は退室の一礼をした後、ぼんやりと思った。
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2022.08.31

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