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新たな道を成す互いの隣(シュバルツ兄)

※ifプロポーズ編。カールの場合。

「え、シュバルツ中将が退役!?な、何でまた?」
「帝国軍で自分が成すことは終えたからだと。確か先月公表されてたと思うぜ。トーマから何も聞いてないのか?」
「……うん。」
「そっか。…まあ、俺は良いと思うけどな。思い切ったけど、シュバルツなら何でも新しく始められそうだ!」


共和国軍での基地でバンから初めて聞いたニュースは、今や帝国の名将の一人である、カール・リヒテン・シュバルツがなんと帝国軍を離れるという内容だった。俄には信じがたいが、隣にいるフィーネが驚いていない辺り、事実なのだろう。

最近、共和国内での依頼が続いており、帝国領内に暫く戻れていない。ヒカルはトーマが気がかりだった。

(…連絡、してみようかな。)

トーマはこの話を聞いた時、どう思ったのだろう。
通信機を握り締めるが、回線を開くには至らなかった。彼の顔も見ずに、先に掛ける言葉が見つからなくて。


「…教えてくれてありがとう。近い内に、一度ガイガロスにも戻ってみるよ。」
「そうね。きっと皆、喜ぶわ。」
「あんたの場合、レイブンが国境で待ち構えてそうだけどな。」


バンとフィーネが朗らかに笑うのを見ていると、驚いて緊張した気持ちが柔らかくなる。二人は出会った頃から変わらない。私はどうだろう。帝国にいる大切な友人達に、貰うばかりで色んなものを返せていない気がする。
ヒカルは静かに笑い返すと、帝国の領土へと続く青い空を見上げた。

***

一週間後、ヒカルはガイガロスに戻りトーマを食事に誘った。久しく会う彼は、顔つきが少し骨ばった感じになり、大人びた印象に彼女は内心どきりとした。
会わない間に変わっていく。彼も。彼女はそれに逞しさと少しの寂しさを覚えながらも、再会を喜んだ。


「共和国でね、シュバルツ中将のこと聞いたわ。」
「…ああ。その件か。……兄さんには会ったか?」
「まさか。例え会ったとしても私が首を突っ込む事じゃないでしょ。」
「兄さんは凄い人だ。幼少の頃から築き上げたものを全て捨てて、家を出ていくんだ。俺には到底、真似出来ん。」
「…いいじゃない、別に。トーマがやりたいと思わない事、真似しなくても良いでしょ。…それに、捨てるんじゃないと私は思う。」
「?」
「今までのシュバルツ中将が消えるわけじゃない。あの人はこれからもトーマのお兄さんであることには変わりないし、軍人としての経験が消えるわけでもない。大切な所は変わらないんじゃないのかな。…ごめん。私、今なんか凄く上から目線な感じだったかも。」
「いや。そうか…、お前はそんな風に思えるんだな。」


目を伏せて苦笑するトーマは少し安心したようだった。家督を継ぐ事になり、色々とプレッシャーもあるのだろう。ヒカルは彼の目を見る。カールとは違う、少しくすんだ緑の瞳。昔から安心する優しい光だった。


「トーマ。隣にいなくても、貴方は私の大事な友達。ずっと、大切な人だよ。」


きっとお兄さんも、という言葉は呑み込んだ。


「…ああ。ありがとう。」


安心して欲しかった。少しでも。
一人きりで色んなものを背負うのは恐ろしくて心細い時もあるから。一人きりにならないよう、彼の心に寄り添いたいと彼女は思った。

***

それから、穏やかに月日は過ぎていった。数年後、彼女は生業としていたゾイド整備の仕事を減らし、考古学研究の分野へと新たに足を踏み出していた。ドクターDの後任が一人では荷が重いとのことで、共和国と帝国から人員が集められ彼女はフィーネと仕事をする機会が増えていた。そして、同じく関わりの増えた人物がもう一人。


「おはよう、ヒカル。午後からのプレゼン資料、修正箇所は訂正出来ているか?」
「おはようございます、サー・シュバルツ。ええ、問題なく。既に共和国との会議場に提出してあります。」
「…私はもう軍人ではないのだが?」
「ビジネスかと存じております。」


これ以上ない綺麗な作り笑顔でヒカルは応える。小さくため息をついたがシュバルツは追及しなかった。そう、軍服を脱いだカール・リヒテン・シュバルツは今、研究職の道へ進み共に歴史を調査している。顔を合わせた当初は大いに戸惑ったヒカルだったが、今ではオフなら軽い冗談くらいは交えて話せるようになった。
スーツを着ているカールは軍人時代とは、また違った存在感と色気がある。能力がある人間は何をしても輝きを隠せないものだと、資料を読み上げる彼の横顔を彼女は見つめた。

(でも、前より柔らかい雰囲気になったな……)

戦場を離れたのだから当然と言えばそうかも知れないが、感情を豊かに顕すようになった。
会議が終わり、退席するために腰を上げる。今日の意見交換はあまり進展が見込めなかったな…、ぼんやりと内容を思い返しながら歩いていると、不意に右腕が引っ張られた。


「、わ」
「相変わらずだな。さっきから待ってくれと言っているんだが。」
「…す、すいません。少し考え事を。」
「だろうな。…これから少し付き合ってくれ。街に出る。」


コートを羽織り、カールは彼女の返事を待たず歩き出した。トーマと違う、若干強引なところにも慣れ、ヒカルはゆっくりと後を追う。
彼女は日付を見て、少しだけ眉を潜める。今日は祝日。きっと人出は多いだろう。そんな中で彼とデートのようになってしまうのは気が引けた。


「ドレスコードのある店は遠慮して下さいね。」
「心得ている。俺も気楽な方がいい。」


口角を上げるカールになるべく自然に目を逸らす。
貴方の整いすぎた顔は色々と心臓に悪いんですよ。内心毒づいて、ヒカルはマフラーを首に巻いた。

ダウンタウンの一角にあるカフェで二人は席に着いた。個室に入ってほっとマスクを外す。
こんな大衆的な場所で、カールと時間を過ごす事など数年前までは考えられなかった。今も、時々、沸き上がる違和感に少し笑ってしまう時がある。


「……次は少し遠くの遺跡まで行ってみようと思います。フィーネが目ぼしい箇所を新しく幾つかピックアップしてくれていまして。」
「そうか。…君は本当にじっとしていないな。」
「ええ。性分ですね、きっと。自分でも分かってますけど、デスクワークは向いてないです。」


運ばれてきた気安いつまみを頬張りながら幸せに自然と笑みが溢れる。暖かな場所で、友人とゆっくり食事が出来る。軍隊にいた頃とは全く違う顔をした、元上官と。不思議な縁だなとヒカルがふと、カールの方を見るとその透明な翠眼と視線があった。綺麗な色。緊張して、身体が強ばってしまうくらい。彼女は自然とその瞳から逃げた。


「私、貴方の目って苦手です。」
「…どうしてだ?」
「眼力が強すぎるというか…。どうにも気後れしちゃって。」
「それは慣れてもらうしかないな。」
「…ですね。いまだに慣れないですけど。いつか、慣れ……、!」


そっ、と頬に指が触れる。
目を逸らしていた驚いて彼女が、カールを見ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ヒカル。俺はこうして君とゆっくり話す時、気持ちが落ち着くんだ。」
「…ち、ちょっ」
「昔から君はとらえどころが無くて。しかし、トーマとはずっと仲が良かった。弟を羨ましく思っていたよ。」
「…。トーマはずっと貴方に憧れていましたよ。月並みな言い方しか浮かびませんが、良い人です、トーマは。今は貴方にだって負けない、シュバルツ家に恥じない当主になると私は思ってます。」
「ああ。勿論。俺が家を継ぐより、人間味のあるシュバルツ家になるだろう。」


するり、とカールの指は彼女の髪を鋤いて離れた。


「ヒカル。俺は幼い頃からずっと機械だった。その運命に誇りこそあれ不満は無かったが、何かが引っ掛かっていた。先の大戦で人生は選択出来るものであるべきだと君やバン達に出会い考えが変わっていった。戦争が終結した時、俺は少しずつ準備を始めたんだ。一度しかない人生ならば、俺はこの現状を変えようと。」
「……楽しい、ですか?今は。」
「ああ、とても。新鮮な気分で生きているな。」


くしゃりと笑うカールの顔を、昔は想像出来なかった。安定したレールを自ら外れて、目の前に等身大で座る彼は以前にも増して魅力的だ。

(でも…この人は惹かれてはいけない人。
どうであれ、彼はシュバルツなんだもの。)

彼女は内心、そう唱えて、食事を口に運んだ。


外へ出ると、星が出ていた。静かに煌めく夜の光は騒がしくなくて好きだ。久しぶりに帝都にあるアパートへ帰ろうか。少し後ろにいるカールに別れの挨拶をしようと振り返った所で、彼女は視界を遮られた。


「…え」


抱き締める感触があまりに優しいせいで、言葉が出てこない。そろそろと押し返してみるが、距離が開く事はなくヒカルは大人しくじっとしていた。


「…顔をあげないのか?」
「ええ。…貴方の望む答えを持ち合わせていない気がするので。」
「そうか。」


少し強引に、彼の手が顎に掛かる。逆らえずに戸惑いながらヒカルが見上げた先には意地悪く、少し寂しげに笑うカールの顔があった。


「俺はこの先、君とずっと一緒がいい。」
「…困らせないで下さい。貴方と私では」

「返事は今、要らない。悪いが、大いに困ってくれ。俺は君以外、考えられない。」


キスは答えが出るまで待とう。
額をくっ付けて、カールは静かに呟いた。彼女は顔を赤らめる。欲しがって良い人じゃない。ずっとそう思ってきた。こうして距離が近づいたこの先も、彼とはビジネスパートナーとして過ごしていくと思っていた。

ヒカルはそっと彼の手をとる。
夜風で少し冷えてしまったカールの手の甲に、ゆっくりと自らの唇を寄せた。


「…嬉しいです。お気持ちはとても。でも、手放しで貴方の胸に飛び込める程、私は子供ではありません。」
「……では、まず名前を。」
「?」
「私の名を呼んでくれ、ヒカル。」

「…カール。」


彼女が名を呟くと、カールは幸せそうに笑った。

君は知らない。
君が俺の名を呼ぶ事すら以前の自分ならば諦めていた。
君が欲しいと言うことも出来ず、この時間すらそもそも無かっただろう。


「愛してる。」


カールの言葉に、ヒカルは目を逸らさなかった。

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2021.04.12

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