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君の手を僕に重ねて3(シュバルツ兄弟)


トーマ・リヒャルト・シュバルツ中尉宛に送られた暗号データは彼を静かに激昂させた。
何重にも施された鍵を解除し、画面に映し出されたのは瞳を閉じた友人の姿。暴行は受けていないようだったがその顔色は芳しくなく、椅子にぐったりと寄り掛かっていた。

――君の大切な人間を二人、この要塞で預かっている。
早めに救出にくる事を勧めておこう。

戦時中の破壊兵器が回収されその廃棄処分を任されていた要塞。分析官からの連絡によると、施設地下の温度が急激に上昇しており万が一、爆発ともなれば帝国領土のみならず共和国の一部まで被害が及ぶ計算が叩き出されていた。
ディバイソンを最速で走らせ、彼は単身基地へ向かう。最後に残された記録は、緊急通信を受けて第一装甲師団が向かった内容。ヒカルとカールの両名が音信不通となり捕らわれたとあってはトーマが冷静でいられる筈もなかった。
AIであるビークがそれを諫めるよう音声を出すが、彼は終始無言だった。

ヒカルが目を開けると、辺りには誰もいなかった。最後にいた制御室ではなく、小さな小部屋のソファに転がされており、熱はだいぶ下がっていた。

(…体は……動く。)

拘束具は外されており、ずぶ濡れだった衣服は簡易な平服に着替えさせられていた。立ち上がって部屋を見る。室内に大したものは何もなかったが備え付けのクローゼットを開けてみれば、顔が隠れる位の軍帽を見つけ彼女はそれを手に取った。
扉に手を掛けるとすんなり開く。あたりは静まりかえっており耳を澄ますと聴こえてくる銃声と喧騒に彼女は顔を隠して走り出した。

(……交戦中?まさか、)

気を失っている内に既に応援が来たのだろうか。あの青い少年も、オーガノイドも。ここの兵士たちの姿もまるで無い。音を便りに足を向けた。

格納庫まで来ると、配備されていたモルガは既に出払っており小型のスリーパーゾイドが大量に同方向へ向かっていた。彼女はその後を足早に追う。恐らくは非常用の侵入経路。基地内から外へ続く薄暗い洞窟内を走る。途中、隙を見てスリーパーと共に進む帝国兵から銃器を奪い取った。

戦いの先に見えたのは黒髪の見知らぬ青年だった。一瞬、トーマでなかった事に気が抜け掛けるが、彼が手にしている武器に目が留まる。トーマがいつもディバイソンに積んでいるAIモバイルを青年は手にしておりヒカルは彼の顔と共に戦っている白いオーガノイドをじっと見つめた。

(――…白いオーガノイド。トーマが武器を渡す人物。
…そうか、彼は共和国のガーディアン…)


「フライハイト少尉!こちらへ!!」


彼を狙っていた爆薬付きのスリーパーを蹴り飛ばし、岩影に引っ張る。爆風に辺りの視界が無くなるが、幸いにも怪我はなく彼女はゆっくり立ち上がった。


「…ヒュー!危なかった!助かったぜ。操られてないヤツがまだ中にもいたんだな。」
「はい…。…感謝します、フライハイト少尉。共和国の英雄がこの基地へ出向いて下さるとは。」
「堅苦しいのは嫌いなんだ。バンでいい。それよりあんた内部に詳しいならジークを地下の動力炉に案内してくれないか?」
「動力炉へ?」
「ああ。さっさと冷却バルブを解放しないと、この要塞はじきに爆発しちまう。でも俺はフィーネを…拐われた仲間を助けに行かないと!!」
「…!」


ぎ、と強く拳を握る。彼女はジークに触れると、言葉なく静かに語りかけた。道順を人の足で教えるより記憶を渡した方が早い。
一声鳴いて飛び出したジークをバンが制止しようとするが、ヒカルはそれを引き留めた。


「大丈夫、彼は理解してくれました。地下の温度が上昇しているなら、オーガノイドに任せるのが適任です。もしかしたら既に人が立ち入れる温度を超えているかもしれない。」
「?え、…ああ、」
「…あの。ところでそのモバイルAI、シュバルツ中尉のものですよね?中尉も此方に?」
「ああ、トーマはディバイソンで別通路から基地内に向かってるぜ。あっちもあっちで交戦中だ。」
「…そうですか」


戦闘ゾイドがない以上、トーマの加勢にはまわれない。ともすれば、フライハイト少尉の助力をして、内部の統制を取り戻す事が先決だ。
彼女は銃弾を装填して、来た道を再び引き返し始めた。


「敵は状況が把握出来る管制塔にいる筈です。行きましょう、少尉。先導致します。」
「、ああ!」


彼女は的確に道を選びとり、バンと急いだ。

***

「―――ちくしょう!、ちくしょう、あいつら…ッ」


基地の爆発を見届ける前にリーゼは要塞を出ることになった。仕留めた筈のバン・フライハイトと隔離しておいたヒカルが現れ、不意をつかれたリーゼは手負いで逃れることになった。


「…スペキュラー、お前、何故あの女の拘束を解いて放っておいた!!僕は死なせるなとだけ言った筈だ!僕よりあの女を取るつもりだったか…!!」


コクピット内を殴り付け、リーゼは金切り声をあげて叫ぶ。赦せなかった。自身のオーガノイドが彼女に対して意思を持ち、出し抜かれた事がリーゼは認められなかった。

―――殺す。僕からこれ以上、奪う人間は、
全員、死んでしまえばいいんだ。
それが当然だ。
リーゼは呪うよう言葉を吐きながら、ダブルソーダの操縦席で膝を抱えた。認められない。認めたくない。対を持たぬ、ただの人であるだけの彼女を。


「……ニコル――」


癇癪の合間で発せられたか細い声に応えたのはスペキュラーの鳴き声だった。

要塞でのテロは間一髪での阻止に成功した。洗脳が解けた兵士達はすぐ様軍医のメディカルチェックを受けることになった。傷の深い者は担架で運ばれたが、大した怪我のないヒカルは死傷者名簿を確認すると直ぐ様もともと間借りしていた宿舎に荷物を取りに戻った。
シュバルツの名は連ねられていなかった。

バン・フライハイトとは名も名乗らずに別れた。共和国の英雄などと並んで目立つのは得策でない。調書に時間を取られるのも本意ではなかった為、ヒカルは既に準備していたトランクケースを手にし足早に部屋を出ようとした。


「…出立の許可はツバキ大尉に得たのかね?」
「!」


落ち着いた声に肩を震わせて振り返る。入り口に佇む人物に慌てて敬礼し姿勢を正すと、相手は僅かばかり苦笑を漏らしゆっくりと彼女の側へ歩み寄った。


「バン・フライハイトから聞いたよ。帝国兵の中に助力してくれた不思議な女性がいたと。」
「……いえ、あの」
「トーマが基地内を今、血眼で探している。私も無事を確かめておきたかったからツバキ大尉に尋ねて此方に来てみたのだがね。」
「あ、ありがとうございます…。シュバルツ大佐にご心配いただくなんて、…その、何と言って良いか」
「礼などいらん。今回は出向いて余計に面倒な事態にしてしまったからな。私が早々に解決出来ていれば負傷者ももう少し少なかったろう。

君に怪我をさせることもなかったろうに。」


シュバルツの指先が遠慮がちに頬に伸ばされる。バンを爆発から守ろうとした際、小石の破片が顔を掠め僅かばかり擦り傷が出来た。


「私も軍人の端くれです。これくらいどうという事はございません。」

「馬鹿者!!たいした事がないならさっさと治療すればすぐ治るのだ!!」


突然、怒鳴り声と共に乱暴な足音が無遠慮に部屋に入ってくる。頭に包帯を巻かれていたが元気そうな友人の姿にヒカルは少し驚いた後、ふやけたように表情を緩めた。
しかし額に触れたトーマの手に、彼女はばつが悪そうに目をそらす。咄嗟に一歩後ろに下がった。顔の傷も、確かめられた微熱も本当に大した事はない。しかし、トーマはそれが気に入らないとはっきり顔に出ており断りなくヒカルをさっさと抱え上げた。


「な!何するんですか…!ちょっと…中尉!」
「ビークにスキャニングさせてから医療班に引き渡す。放っておけばどうせすぐに基地から逃げ出す気だろう。」
「逃げるなんて、言葉が悪いわ。」
「いいから大人しくしていろ。俺も二三日は此処にいる。では兄さ………シュバルツ大佐、また後程。」
「ああ。」
「ちょっと降ろしてよ!恥ずかしい!歩けるのに!分かった、ちゃんと検査を受けるから!」


その叫びにトーマは意地悪く笑うと彼女をゆっくり解放した。溜め息をつく。シュバルツ大佐の前でこれ以上、見苦しい押し問答を繰り返す訳にもいかず、彼女はトーマの背中を押して廊下へ出た。


「…ねえ、トーマ。」
「なんだ。」
「友達…、出来て良かったね。トーマがモバイル貸したのなんて初めて見た。」
「そ…!…、奴は、友達などではない!」


嬉しそうに笑うヒカルの顔を見てトーマはそれ以上食い下がらなかったが、友達などという認識は本当になかった。
信念を信用出来る人間である事には間違いないが、モバイルを渡したのは別の理由。絶対にしくじれない理由が、救わなければならない人が此処にいたからだった。

立ち止まってヒカルを振り返る。
生きて今、傍でいる事に安堵し、トーマは彼女の手を取った。

―――俺の友人はお前だ。
口下手な彼からは言葉は出なかったが、彼女が手を握り返したことで気持ちは伝わった気がした。


「メディカルチェックが終わったらディバイソンの修復作業、私も参加する。トーマがこの国を守る機体を、私も守るから。」
「……お前はよくそんな恥ずかしい事が言えるな。」
「そうかな?当たり前でしょ。」


一人には二人とも慣れていた。しかし、肩を並べて談笑する一時はひどく凡庸で幸せだった。


「ヒカル、その…なんだ、」
「?」
「お前が無事で良かった。」
「…ありがとう、トーマ。絶対、助けてくれるって信じてた。」

「…」

――――――――――――
2016 05 15

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