緋色の記憶(レノ)

※本編より前のお話。


最初にレノの目を引いたのは彼女の髪の色だった。
薄い、蒼紫色の髪と、魔晄の瞳は幼いながら独特の存在感でソルジャーになる前から目立っていた。
女としてより、中性的な印象が一番強かった。


「初めまして、タークス。三等兵のヒスイリアです。」
「レノだぞ、と。」


一見、冷たそうな見た目とは裏腹に気さくな一面も覗かせて、何度か組む内にレノは彼女に対する意識が変わっていった。
出会った頃の彼女は、感情豊かだった。ザックスといると、更にその表情は穏やかで年相応の無邪気さがあった。
少女から女性へと変化していく過程で、類い稀なる格闘センスを持ち頭角を顕していくヒスイリアをレノは気づけば目で追うようになっていた。


「ーーねえ、レノ。今、誰の事を考えているの?」


多感な思春期。生理的な欲望を満たす為、抱いた女の中には、勘の鋭い人間もいた。レノはたまに耳にするその質問には曖昧に笑った。自分がただ一人に囚われているなど最初は考えたくもなかった。それも、此方を性対象として見てもいないような人間兵器に。ヒスイリアの周りで浮いた話を聞くことは全く無く、彼女はひたすらにザックスやセフィロスの背中を追い掛けているようだった。


「ねえ、レノ!今度のミッションはついにあの英雄セフィロスと一緒なのよ。私もついに此処まで来たわ!」
「ほー、まあセフィロスが一緒なら死ぬことは無さそうだな、と。」
「どういう意味よ!私だってもうソルジャーなんだから!」
「おい!か弱い俺様に暴力はなしだぞ、と!」


ヒスイリアが笑ったり、怒ったり、隣で騒がしい事が共にいる時間の日常だった。傷ついて帰ってきても、いつも彼女は元気だった。常に目指すべき目標があったからだろう。

全てが狂い出した、ニブルヘイムの遠征があるまでは。



彼女は、前任で負った怪我のせいでそのミッションにはつかず、ミッドガルにて療養していた。
自らが赴かなかった遠い地で、義兄と英雄をなす術もなく失い、事件以来、あれ程輝いていた眼からは光が消えた。
剣技の切れは嘘のように鈍り、底抜けに明るい顔で笑わなくなった。影を落としたヒスイリアの横顔は美しくもやつれたようで、レノは何とかしたい気持ちと自らが知るザックスの死との間で悩んだ。

直接的な関与は無くとも、彼女の義兄を見殺しにしたと云えば、そうだろう。


そうしている内に、彼女も行方を眩ました。
元々、様々な情報に精通し頭の良かった人間だ。失踪の痕跡は綺麗に消しており、跡を追うのは困難だった。
ヒスイリア=フェアには逃亡罪と懸賞金が課せられたが、彼女がクラス1stということもあり、それはルートを限られて極秘に進められた。

(レノ…!)

顔が、声が、脳裏に浮かぶ。死なせたくない。彼は彼女が捕まらない事を祈った。
もう二度と会えずとも。時間が彼女の心の傷を癒すなら、もう剣を握らずとも良い場所で暮らせるように。と。

そうして少しずつ記憶を風化させながら過ごしていた時、タークスに伝令が降りた。ニブルヘイムの事件から5年の月日が流れていたある日。ミットガルのスラムで腕のたつ女性が働いているという情報が入った。
それだけでは何ら珍しくはないが、その時、たまたま現場に居合わせた神羅の諜報員が違和感を覚えたらしい。
特徴とは完全に一致しないが、捜索対象とされているソルジャーの可能性があると。

画面越しに聞こえてくるルーファウスの声に、レノは内心、舌打ちした。


「…レノ、いけるか?」
「勿論。仕事だぞ、と。」


うまく笑えたと自分では思うが、ツォンの複雑そうな顔を見るとそうではなかったのかもしれないと感じた。
捜査の為、降りた二番街。別人であって欲しいと願ったレノの思いは後ろ姿を見ただけで砕けた。

髪型も雰囲気も違う。しかし、解ってしまう。
彼女だと。

霞み掛けていた恋慕が、水を得たように胸を刺した。
無意識に伸ばし掛けた手を圧し殺し、レノは物陰からヒスイリアを見つめた。女性らしい雰囲気になり、ラフな姿ながらも美しいと思った。

身辺調査を行い、彼女の足枷を探っていく。
嗚呼。自分がこれから、脅すのだ。願った筈の、密やかに暮らしている彼女の生活を。
やるせない苛立ちに、彼は歯軋りした。


「お疲れ様でした。」


深夜。働き口を出るヒスイリアの後をレノは追う。

声を掛けた時、どんな顔で振り向くだろう。
配置は整った。その眼に、自分の姿を映した時、何を思うだろうか。様々な感情の中に、ふと愉悦が混じる。
馬鹿なことを。そう思うが、彼女と再び接触出来ることにレノの心には喜びも滲んでいた。


「よぉ、お嬢さん。今、お帰りか?」


髪が揺れる。夜の闇の中で交わる視線。
驚きに揺れるヒスイリアの瞳に映る自分の姿に、レノは悔しさを隠し何食わぬ顔で笑った。

まだ、囚われている。この女に。
それを自覚せざるを得なかった。
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2020.09.13

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