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37星が黄昏に染まる刻


「ホンマにもうあんさんは…!ボクがアカン言うてんのに、何で一人で行ってしまうんや!!」


事が終わって、下へ戻ると開口一番ケット・シーの怒声が飛んできた。本気で怒っている様にヒスイリアは目を瞬かせ、困ったように頬をかいた。


「……あ…、の…リーブ、さん?どうし…」
「リーブ、さん?やないわ!!通信は返さへん、GPSで辿れば単独で八番街へ行ってしもうてる!ボクがどんだけ心配したと思うてんのや!!!」
「……あ……あの…。…ごめん、なさい。あ……でも、ほら。ヴィンセントの方が酷い怪我…………」
「ヴィンセントさんはええんや!ボクはアンタに無茶すんな言うてんのや!!!」


止めのようにぴしゃりと言われて、ヒスイリアは気押されるまま謝罪した。珍しくたじたじの彼女を見て、クラウド達は顔を見合わせ苦笑する。
ヴィンセントといい彼といい…普段、温厚な人間を怒らせると厄介なようだ。
クラウドは困り果てているヒスイリアに少しだけ同情の目を向けた。

やがて少し落ちついてきたのか…ケット・シーは肩で息をしながらも怒鳴る事を止める。
そうして、ヒスイリアを見つめるとその手をぎゅっと強く掴んだ。


「……ヒスイリアさんは確かにケタ外れに強い。けど…死ぬ事をもっと怖い思うて下さい。命を掛けるんと、無鉄砲なんは違う事や。死んだら何にもならん……アンタはそれをよう知ってるはずやで。」
「…、…リーブさ……」


思わず引き掛けた手をケット・シーは離さない。


「後、もう一つ。」
「…何、でしょう?」

「…お帰りなさい。……無事で良かった。」


そう言った彼の声は、つい先程までと対照的にとても優しく柔らかいもので。ヒスイリアはそれに小さく微笑むとそっと、繋がれた手を握り返した。

ミッドガルからハイウインドへ戻った一同は、数名を残して再びちりぢりに世界へ散った。

メテオが地表へ落ちてくるまで後7日―――。
残された僅かな時間の中、皆が、其々の戦う理由を今一度見出しに出て行った中、ヒスイリアは変わらず静かに眠りを貪る時を過ごしていた。


「ああ……部屋に居ないと思ったら。こんな所で寝てたのか…。」


甲板で柵に寄り掛かり目を閉じていると、ふわりと声が降りてくる。彼女がそれに顔を上げると金糸に煌く髪の毛がその瞳に飛び込んできた。


「………クラウド…。」


僅かに口元を緩め、ヒスイリアは穏やかに微笑む。クラウドもそれに小さく笑みを返すと、すっと彼女に手を伸ばした。


「少し付き合ってくれないか?…ああ、具合が悪くないならだが。」
「……いいよ。…何処へ?」

「着いてから話す。―――じゃあ行こう。下にバイクはもう降ろしてある。運転は俺がするから。」


言いながらヒスイリアを引き起こすとクラウドは何処か神妙な顔で艇を降りる。彼女は首を傾げながらもそれに続き、ハイウインドを後にした。


「―――――――此処は」


半刻程して辿り着いたのは、何の変哲もない荒涼とした丘だった。砂塵の向こうにミッドガルが薄く見える。

………この風景は知っている。
ヒスイリアは何も言わずバイクを降りると、ゆっくりと大地を踏み締めた。


「此所が……俺の戦う理由。そして…………ザックスと、最後に別れた場所だ。」


クラウドは膝を折り、渇いた土をそっと撫でる。彼女はそれを静かに見下ろすと再びミッドガルの方へ視線を移した。
かつてツォンの意識の中で視たモノクロの光景。

(ヒスイリア…!)

もう、見る事のない笑顔。聞こえる事のない声。
果たされなかった約束だけが、重い枷となって心に残った。


「…俺さ、入隊した頃からアンタの事知ってたんだ。」


不意に、クラウドが沈黙を破り口を開く。ヒスイリアが彼の方を見遣ると、クラウドは過去を偲ぶよう蒼の瞳を伏せていた。


「訓練場で一人で鍛錬してるのもよく見てた。アンタ…昔は二刀流だったよな。」
「………驚いた。…クラウド、もしかして私のファンだったの?」


からかうようにヒスイリアは小さく笑う。クラウドはそれに少し気恥ずかしそうに髪をかき上げると、眉を下げて苦笑した。


「アンタは覚えてないだろうけど訓練生の頃、何回か手合わせしたんだ。」
「…嘘。ホントに?」
「ああ。…その時は、一瞬でやられたけどな。」


少しばかり素っ気なく言うと、クラウドはふいと顔を逸らす。懐かしさにヒスイリアは俄に微笑みクラウドの隣に腰を降ろすと、同じように目を閉じた。


「………5年前、神羅を抜けた後…私は、当時所有していた武器とマテリアを封印した。馬鹿よね。それまで…ザックスを失うまで私は戦争がどういう事かまるで分からないまま戦って人を殺めていたの。」


顔を膝に伏せたまま彼女は自嘲めいた笑みを零す。


「―――――ねえ…クラウド?」
「ん?」
「……貴方は貴方のまま生きてね。ちゃんと、ティファの隣で…これからも。」


クラウドはそれにヒスイリアの方へ顔を向けたが彼女は変わらず伏せったままで表情を伺い知る事は出来なかった。泣いているようではないが、顔を上げる気配はない。さらさらと白髪が風に靡く音だけが、彼の耳を掠める。
少しずつ柔らかい貌も見せてくれるようにはなったが、未だ彼女の心を推し量る事は難しかった。
ポーカーフェイスのその下にどれ程の苦悩を殺しているのか。神羅軍壊滅と共に群青の軍服を脱いだその肩の細さを、クラウドは心痛な面持ちで見つめた。
辛い時、支えてくれた彼女に俺は何を返してやれるのだろうか。
思いつく言葉は拙すぎて、あまりに希薄だ。
口下手な己を呪うのはいつもの事だが、今回は一入だった。やがて彼は静かに立ち上がると、背中のバスタードソードを大地に突き刺す。その鈍い音にヒスイリアが顔を上げると、濁りのないクラウドの青眼とぶつかった。


「――――誓うよ。」


飾り気のない、それでいて真っ直ぐな言葉だった。
愚直な、しかしクラウドらしい端的な言の葉。
ヒスイリアはそれに薄く目を細めると、砂を払い静かに立ち上がる。
そして―――自らの携えた剣をバスターの隣に突き立てると、猛る碧眼を柔らかく細めた。


「…私も一つ、行く所が出来た。…帰ったらあのご自慢のバイク、一晩貸して貰えるかな?」


言って、彼女はミッドガルへ視線を向ける。
光を失った、魔晄都市。その廃墟と化した街を照らしあげるのは人工の灯火でなく、落日による空からの紅い輝きだった。

頬を撫でる風が少し温度を無くす。
ヒスイリアはそれ以上何も言わず、ただ静かに…強い眼差しで暮れ行く太陽の炎を見つめていた。
―――――――――――
2014 05 01

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