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36決別


白い短髪が、さらりと揺れる。忘れるはずもないその顔に、ツォンは自らも気づかない内に涙が頬を伝っていた。
ヒスイリアはそれに目を見開く。純粋に驚いた。
何があっても決して、人前で涙するような人ではないと思っていたから。


「……立てますか?」


そろり、と少しぎこちなく手を伸ばす。するとその手は腕ごと引かれ、次の瞬間体は…彼の腕の中にあった。震える感覚から、抱き締めてくる腕から彼の想いが静かに沁みる。
全てを推し量る事など出来ない。
出来てしまった溝を簡単に埋める事など出来ようがないけれど…それでも。


「……よく…無事で………」


噛み締めるようそう呟いた、ツォンの声に彼女は体の力を抜いて彼の背中に手を回した。

幸い、中下層からエレベーターの動力は生きていたのでビルから出るのは思った程、困難ではなかった。意識のないルーファウスを背負い、ヒスイリアはツォンと共に社外へ出る。
太陽は既に昇っている時刻だが、空は暗い。あちこちから舞い上がる粉塵が光を遮り澱んだ緑が辺りに立ち込めていた。


「足は、大丈夫ですか?」
「ああ…問題ない。」


折れた細い鉄骨を杖代わりにしながら、彼はヒスイリアを追従する。砂利で覆われたコンクリートの上を二人は街道脇に沿って歩いた。


「…そういえば、レノ達はどうしたんです?」
「ああ…。…彼らはクラウド達のもとへ向かった。郊外から秘密裏に街へ入って来るなら恐らく地下を使うだろうと……」
「……そうですか。」
「…。レノは…君が生きている事は…?」
「―――どうでしょうか。この間、偶然会いましたけど…顔は臥せていたので。」


少し肩からずれてきたルーファウスを抱え直し、ヒスイリアは近くのベンチまで歩いて行く。
そして、背負っていた彼の体を横たわらせるとツォンの方へ向き直った。


「私に出来る事はここまでです。後はレノ達を呼び戻して…早く避難して下さい。ウェポンは倒れましたが、被弾した街の建物はいつ崩れるか分からない。」
「…君は……」
「私はこれから八番街へ。宝条を、この凶行を止めに向かいます。魔晄は…世界は彼のものじゃない。」


口元を固く結び彼女は告げる。強い眼差しにツォンは刹那、息を呑んだ。ヒスイリアは首元に手を伸ばしペンダントの鎖を千切る。ジャラリと音をたてて彼女の掌に転がるマテリアの結晶。それをヒスイリアはツォンに差し出すと、僅かに瞳を細めて苦笑を漏らした。


「……これ……返しておいて貰えますか…?」
「……。彼は…君に何と言ってそれを?」
「詳しい事は何も。でも…大事なものでしょう。これ以上…壊わしてしまわない内に。」


伸ばされた手から石を受け取ると、ツォンは静かにポケットに仕舞う。それを見て、ヒスイリアは一瞬ホッとしたような安堵の表情を浮かべた。まるで、全ての清算が終わったような…そんな。
ツォンはそれを見逃さず、咄嗟に言葉を口にした。


「分かった。…だが、これは返しはしない。預かるだけだ。」
「?」
「彼が君に渡したのなら……返すのも君でなくては。」
「…ツォンさん。」

「行きなさい。そして……もう一度、帰ってきてくれ。」


ヒスイリアは、暫し呆気に取られたよう彼を見ていた。いや、正確には動く事が出来なかった。
ツォンの察した通り、彼女はこれきり……もう、彼らの元には戻らないつもりだった。
記憶は少しずつ風化していく。良い事も、そして…悪い事も。
そうやって、彼等の中からゆっくり消えていけるならそれでいいと思っていたのだ。


「…私は出来ない約束をするのが嫌いです。」


やがてヒスイリアは、真っ直ぐツォンを見つめて唇を開く。


「だから……別れの言葉は言わないでおきます。今は…それが、限度です。」


丁寧に頭を下げて、彼女はツォンに背を向ける。走り出すその後ろ姿にツォンは彼女の名をぶつけたがその足が止まる事も振り返る事もなかった。
以前なら手に取るように分かっていた気持ちが嘘のように分からない。
憎んでいるのか、蔑んでいるのか。
或いはまた別の感情か。
何故危険を冒してまでここまで助けにきたのか。


「ヒスイリア………」


ツォンは荒廃した瓦礫の街へと消えて行った彼女の白い姿を、食い入るように見つめていた。

***

「誰も居ないミッドガルなんて…変な感じね。」


洗練された魔晄都市が、嘘のようにゴーストタウンと化した様にヒスイリアは一人呟いた。
降り出した雨は、冷たい。リーブからの通信に目を通すと彼女は更に走る速度を速めた。クラウド達は無事ミッドガル市街へ入ったが、ハイデッガーとスカーレットが用意した戦闘マシンと交戦中で足止めをされているらしい。

『送信した合流ポイントで待機すること。絶対やで!』

彼の文章に少しだけ目を臥せて、ヒスイリアは止まる事なく走った。一刻も宝条を早く止めなければ街が消し飛ぶ。無言のまま彼女は街中を突っ切り目的の場所へ一人来た。
郊外に聳える八番街魔晄炉。見上げれば、遥か上の欄干のその先から光が漏れ出している。あそこに、いる。あの男が。彼女は一度、剣の柄を握り締めると建物の最上を目指して昇り始めた。


「……そこまでです。手を、止めていただけますか、ドクター宝条。」


その一言に、雷の光を背に白衣が揺らめく。鋭い目は一瞬、驚きに染まったが再び暗い澱みに満たされた。


「なんだ、貴様。生きていたのか…」
「…」
「黙ってみていろ、ジェノバクローン。これはセフィロスの為の作業だ。あいつは北の果てでエネルギーを欲しているようだからな。」
「私はジェノバじゃない。二度は警告しないわ、ドクター。今すぐその馬鹿げたエネルギー抽出を止めて。死にたくないならね。」


剣を抜く。彼女の澄んだ翠の目を宝条は憎しみを込めた眼で見つめ返した。狂気の中に、初めて純粋な感情をヒスイリアは彼に見た気がした。


「――…気に入らんな。最初からそうだった。貴様を見ると、あの男を思い出す。」
「…」
「エネルギーレベルは…83%。…さて、息子が力を必要としている。邪魔をしないでもらおうか、ガストの娘よ。」

「…何の話だ。」


ぽつり、零れるように響いた声。ヒスイリアが振り返るとそこにはヴィンセントが立っていた。下から続く足音の数でクラウド達が来るのが分かる。宝条は忌々しげに顔を歪めたが、再び愉悦の表情を取り繕った。


「クックック……被験体の成功例は二体。一人はセフィロス…この私とルクレツィアの息子。そして、もう一人は……そこに居るガストとイファルナの娘だ。」


ヴィンセントはその言葉に耳を疑った。見開いた赤い目はそのままヒスイリアを見遣るが彼女は落ち着いた顔のまま。黙って眉を歪め、ただ黙って宝条を見つめるだけだった。


「どうやら、貴様はどこかで知っていたようだな。どこまでも面白味のない。クックック……クァックァックァッ!しかし、セフィロスがこの事を知ったらどう思うだろうな?私が父親だと!あいつは私のことを見下していたからな。クァックァックァッ!!」
「……宝条、貴様」
「私の子を身ごもった女をガストのジェノバ・プロジェクトに提供したのだ。クレシェントも同意しての事…あの女も科学者だからな。クックッ……セフィロスがまだ母親の体内にいるうちにジェノバ細胞を……クァックァックァッ!!」

「科学なんて、関係あった?本当は。」


ヒスイリアの問い掛けに狂った笑いが一瞬引っ込む。彼女は拳を握り締め、どこか憐れむような悲しい視線を宝条に向けていた。


「あなたはただイファルナが欲しかっただけ。イファルナとガスト博士の関係を知って貴方はまだ胎児にすらなっていない細胞に手をつけた。」
「…」
「科学者なんかじゃない。貴方はただの嫉妬に狂った犯罪者よ。」
「…ヒーッヒッヒッヒッ!何かと思えば馬鹿な事を!私を動かしたのは科学者としての欲望、それだけの事だ!」
「……。私は……間違っていた。眠るべきだったのは……貴様だ、宝条!」


均衡した場を壊したのはヴィンセントだった。怒りに駆られた彼は義手の腕で、宝条に躊躇いなく襲い掛かる。勝負にもならない、筈だった。しかし、片手で払い除けるよう次の瞬間吹っ飛ばされていたのは他ならぬヴィンセントの方だった。
大きく飛んだ体は欄干にの柵に強く激突する。ヒスイリアがそれに目を丸くすると、初めて宝条は満足そうに唇を歪めた。


「私はな…科学者としての欲望に負けた。この間もな、負けてしまった。ついに自分の身体にジェノバ細胞を注入してみたのだ!」
「貴方…」
「残念だ。非常に残念だよ、サンプルXX…。私の貴重な成功作の一つをこの手で消すことになるとは。」


異形の怪物に変形していく宝条を前に、ヒスイリアは左腕のマテリアバンクルに触れた。共に戦おうとしたクラウド達を手で制し、彼女は呪文を唱え始める。ゆうに人間の数倍に膨れ上がった宝条から繰り出される攻撃をヒスイリアは交わしながら魔力を膨張させていった。

この事にケリをつけるのは、絶対に自分でなくては。
彼女は手を真っ直ぐ掲げた。


「皆、伏せろ…!アルテマが来るぞ…!!」


クラウドの声と同時に魔晄に似たグリーンの光が、彼女の掌から発動する。全てを呑む眩ゆいその中で、彼女は人知れず少しだけ涙を溢した。掻き消える悪夢の存在。目の前の堕ちた彼が最期に叫んだのは、ヒスイリアでも、セフィロスの名でもなかった。霧散するライフストリームの中で、ヒスイリアは誰かの温もりを感じる。

(…後、少し。後、少しだけ。だから)

水を吸った髪を払う。途切れた雷雲の切れ目から覗く青い空に、彼女は祈るよう目を閉じた。
――――――――――――
2014 04 23

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