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34魔晄都市炎上


ハイウインドがミッドガル付近に差し掛かった時、ヒスイリア達は甲板からウェポンが海から上陸するのを目の当たりにしていた。
以前戦ったものとはタイプが異なるが、何度見てもその巨大さと威圧感には戦慄を覚える。

あんなものに果たして人間が太刀打ち出来るのか―――。

冷静に見ればそんな諦めにも似た感情が湧く程、目の前の兵器は強い憎しみと怒りの力に満ちていた。


「……ルーファウス…。」


ぽつり、と小さくその名を呟いて、彼女はミッドガルの中心に聳える神羅ビル本社を見つめる。彼は今まさにあの場所で陣頭指揮を取っている事だろう。
別れ際……大空洞で見た、哀しげな瞳。いつも強引だったが、その中にどこか非情になりきれない所があって。彼が今、世界の命運を、ミッドガルを一人で背負い戦っているかと思うと胸が苦しくなった。


「気になりますか?社長の事が。」


背後からした声に彼女はハッと振り返る。ケット・シーは、彼女の驚いた顔に罰が悪そうに頭を掻いた。


「すんません…。聞こえてしもたさかい。」
「……いえ。」
「…もうすぐキャノン砲の魔晄充填が終わります。ここにおったら危ない。中、入りましょ?」


そう言って、中へ促そうとケット・シーはヒスイリアの手をそっと引く。しかし、彼女の足は吸い付いたようその場から動かず、静かにミッドガルを見据えていた。


「ねえ…リーブさん。あれで勝算はあるんでしょうか?」
「―――分かりません…。でも、今となってはもう信じるしか。もう…止められへんのです。」

***

窓から眺める眼下は遠すぎて、普段と変わりなく見えた。だが実際、プレートの上を人々は今、恐怖に震え逃げまどっている事だろう。
ウェポンが一つ前進する度、大地が震える。
星を滅ぼす兵器がミサイルなどものともせず刻一刻とこのミッドガルに近づいてきている。

兵器の背後には巨大なメテオが太陽のように紅く聳え。抗いようのない無慈悲なその様をルーファウスは一人執務室から眺めていた。


「ルーファウス様。」


こつん、と。靴音でない床を叩く音に彼は静かに振り返る。きっちりスーツを着こなしているが、脇に松葉杖を抱えないと歩けぬその姿は見ていて少し痛々しかった。
ルーファウスはそれに溜め息を零すと、呆れたように口を開いた。


「……ツォン。…まだ、残っていたのか。」


青い瞳を細めてこの場へ来た事を咎めるが、彼は動こうとしなかった。ツォンには分かっていた。ほとんど崩さぬよう保っている表情だが、そこには彼にしか分からない疲労の色が伺えた。

“ツォンさんがいるから社長は大丈夫ですよ。”

いつだったか、その言葉に救われたのを思い出す。
ヒスイリアに助けられた命。和らいだ心。なのに、その彼女自身はもういない。

あまりに早すぎる。
エアリスも…そして彼女も。
仕事柄、人の死に目は数えきれぬ程経験しているがそれでも慣れる事はない。
自分の手の届かぬ所で、大切な者達が消えていく。
この上、幼い頃から命を懸けて守ってきたこの方まで失ってしまったら……何の為の人生なのか本当に分からなくなる。

ふと…そこで、少し開けたルーファウスの首元にある物が無い事にツォンは気付いた。
幼少の頃からずっと肌身離さず付けていたはずの、それ。止まったままのツォンの視線にルーファウスが訝しげに首を傾げる。そして、視線の先を辿り…気付いたよう声を漏らすと、彼は静かに背を向けた。


「………あれは女にやった。」
「…母君の形見の品をですか?」
「ああ。」


冷たいガラス窓にルーファウスは掌をつく。

何か月前になるだろう。
コスタ・デル・ソルで彼女にあれを半ば押し付けるように持たせたのは。
もう何年も昔の……酷く遠い事のように感じられた。
神羅の世継ぎとして生を受け、子供の頃から汚い世界を見続けてきた。
暗殺だ何だと物心ついた時から騒動が絶えず、母は次第に体調を崩し…冬のある寒い日、あっけなく他界した。共に過ごした、僅かばかりの平穏な時間も記憶から既に色を無くした。

“お護りよ……ルーファウス。”

そう告げられた顔ももう思い出せないが。
手渡されたサファイアが、家族と呼べる者から貰った唯一の贈り物だった。


「だが…所詮はあれもガラクタだな。」
「は……」
「その女ももう居ない。少し前に死んでしまったよ。」


思えば良いように利用しか事しかしてこなかった。彼女はきっとさぞかし自分を憎んで死んでいった事だろう。
自嘲気味に鼻で笑うと、ルーファウスはするりと力無く手を降ろした。
室内がしん…と音を無くしたちょうどその時、無機質なコール音が大きく響く。ルーファウスはゆっくりデスクの上のモニターに触れると、形の良い唇を薄く開いた。


「…私だ。」
「ガハハハハ!社長、シスター・レイの準備が整いました!」
「キャハハハハ!いつでも良いわよ!」

「…いいだろう、攻撃を許可する。……やれ。」


彼の是の一言に、砲台が一気に魔晄を動力として動き出す。各魔晄炉からライフストリームが吸い上げられ、次第に街全体が輝き始めるミッドガル。
緑色の光が戦いの刃として膨れ上がっていくのをルーファウスは静かに見下ろしながら、かつて大空洞で見たヒスイリアの姿をぼんやりとその中に見ていた。

(ああ…。そういえば彼女の瞳もちょうどこんな色をしていたな……)

心臓が震えるような轟音を響かせて、魔晄弾は発射された。距離は十分に取っていたが、それでもハイウインドの機体は風圧で大きく揺れる。
手摺を掴み、ヒスイリアは高濃度に圧縮された精神エネルギーが敵に向かう様を食い入るように見つめていた。
放たれた砲弾にウェポンも装甲を開き熱弾を放って応戦するが、光の矢は分厚い守りに覆われた胸をいとも容易く突き抜けた。一瞬、あまりの凄まじさに何が起こったのか分からなかったが、吹き飛んだ巨体がその壮絶なパワーを物語っていた。

…恐しい。
こんな、ウェポンを一瞬で倒してしまう力を人間が操る事が出来てしまう事が。
ヒスイリアは全身が粟立つのを感じながら唇を噛んだ。


「すげえ……」


バレットの呆然とした掠れ声が、側で聴こえる。
光の矢はなおも速度を緩めず、真っ直ぐ北へ向かっていた。


「……そう…か!狙いはセフィロス!北の果てのクレーターだ…!」


クラウドの言葉に、彼女はハッと顔を上げる。刹那、視線を交わすと遠ざかる光の筋にヒスイリアは目を凝らした。

その、瞬間。
何かが割れるような、小さな音が服の下でしたのに彼女は嫌な予感を覚えた。
襟元の留め金を外し、彼女は青の軍服を開く。
すると、露になった青いマテリアに深い亀裂が生じていた。

「っ、…」

目を見開き、彼女は再びミッドガルの方向へ視線を戻す。
あちこちから立ち上がる黒煙。
倒れる寸前にウェポンの放ったエネルギーが、密集して聳え立つビルに次々と着弾し。

そして、神羅ビル本社の最上階から紅い炎が吹き出していた。


「!!…、………」


喉がひりついて絞り出すような声しか出ない。
彼女の顔がほんの一瞬、泣きそうに歪んだ。
思わず伸ばしそうになる手を、彼女はぐっと押し止める。

吹き出しそうになる感情。
それを押し殺すその様を、その時…ケット・シーだけが無言で捉えていた。
―――――――――――――――
2014 04 13

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