×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



01始まりの夜


店の看板の明かりを消して、closedの掛札を取り付ける。静かな店内。水回りを片付けて、裏口に近いロッカーにきちんと身の回りのものを仕舞ってから、ヒスイリアは店主の元へ向かった。


「じゃあお疲れ様でした。」
「ああ、お疲れ様。また明日。」


この日、店の主人といつも通り挨拶を交わして彼女は働いている店を出た。
明日もいつも通り彼女が出勤することを誰が疑うことが出来ただろう。

平和な時の均衡は、今、音をたてて崩れ始める。

***

白い息がふわりと口から吐き出された。
つい先日まで穏やかな秋の陽気であったのに、最近急に冷え込む日が増えた。空を隠す巨大なプレートを見上げ、彼女は再度ため息をつく。


「また寒い季節がきたわね…。」


肌寒い外気にヒスイリアはコートの前を閉め、足早にミッドガルの下街を家路へ急いだ。
街灯が灯っているとは言え、時刻はもう0時前。
賑わいをみせていた街は眠りを迎え、女性が出歩くにはあまり良いとは言えない時間帯だ。
弐番街ではここ暫くたいした事件は起きていないものの、最近は何かと物騒である。
七番街のプレートの崩落だの、プレジデント神羅が殺されただのミッドガルに明るいニュースは最近一つもない。


「―――あれから5年…か。
もう……潮時…、かな…。……」


ぽつり、と吐き出された独り言は冷たい夜の中に溶けていった。


「よぉ、お嬢さん。今、お帰りか?」


店を出て、どれくらい来た頃だろうか。
街道の脇にある薄暗い細道から、不意に掛けられた声にヒスイリアはふと足を止めた。無視しようかとも思ったが、聞いた事のある音に体は動こうとせず立ち止まる。

消えかかった街灯の下。
さきほどまで吹いていた冷風が嘘のようにピタリとやんで。そして――靴底で砂が擦れる音と共に、暗闇からダークスーツに身を包んだ赤毛の男がゆっくりと姿を現した。


「…………、っ…」
「人使いの荒い職場だな、と。こんな夜更けに女一人で帰らすもんじゃねぇぞ、普通。」


一瞬、ヒスイリアは目を見開き呆気にとられたが、男の目が薄く細められるのを見ると、一気に表情を固くした。


「………レノ…。」
「くく…久しぶりだな、と。結構、探し出すのに苦労したぞ。」


レノ、そう呼ばれた燃えるような赤毛の男は、くわえていた煙草を吐き捨てると妖艶な笑みを浮かべる。肌を全身の毛が逆立つような嫌な感覚。ヒスイリアは彼の顔を見て心底嫌そうな顔をし身構えた。


「安心しろよ。他の奴らは来てないぞ、と。」
「…ふん。一人も二人もそう変わらないわ。」


元ソルジャーとは言え、武器も何もない状態でタークスのような輩に囲まれては分が悪い。
警戒心を切らす事なく、ヒスイリアは小さく一息をつき、改めて目の前の男を静かに見つめた。


「…何の用なの?」
「そう邪険にするなよ。とりあえずどっか飲みにでもいかねぇか、と。」
「無理。私、明日も朝早いの。あんたみたいな遊び人と付き合ってるヒマないのよ。」
「くく…、相変わらずつれねぇな、と。外身は随分可愛くなったってのに。」


無愛想なヒスイリアと対称的にレノは彼女とのやり取りを小さく笑う。懐かしむような目にヒスイリアは僅に気が緩んだ。しかし居心地は良くない。会話はもう十分だ。彼女が完全に口を噤むと、レノからも漸く笑みが消えた。

これまでとは違う、仕事の目。


「…プレジデント神羅が死んだのは知ってるか?」
「当たり前でしょう。街中その事で持ちきりじゃない。あまりテレビは見ないけどそれくらい知ってるわ。」
「奴は何で死んだと思う?」
「…?テロリストに殺されたんじゃないの?報道じゃそう言ってたけど。」
「…」
「…何?何かあるならもったいぶらないで早くして。」


ヒスイリアは意図の分からない質問に訝しげに眉を顰めた。レノはあからさまに不機嫌な顔で自分を見上げてくるヒスイリアに苦笑すると、彼女から視線を外し空を見上げる。少しの沈黙を置いて、


「これは内部機密だがな…プレジデントの殺されてた現場には正宗があったそうだぞ、と。」


瞬間。
ヒスイリアの羽織っていた黒いコートがビルの合間を吹き抜ける冷たい夜風にふわりと揺れた。

正宗が……プレジデントの殺害現場に?
どうして?
だってあの武器はあの人にしか扱えないハズ…――――

突然の事で思考がついて行かず、言葉がうまく出てこない。


「………な、に……何、言ってるの…?
あの人は…あの人はずっと行方不明で…もう―――」
「それが生きてたんだとよ。姿を見たって奴もいる。ま、俺が直接見たワケじゃねーから絶対とは言えねーが。いずれにせよ正宗が残ってたのは事実だぞ、と。」
「…………っ……」


ヒスイリアはその話に隠しきれない明らかな動揺を示した。
黒いコンタクトレンズを嵌めた奥で、魔晄の輝きが鈍く揺れる。大きな瞳が困惑に惑うのをレノは薄く笑んだまま見つめ、それまで保っていたヒスイリアとの距離を縮めにかかった。


「…神羅に帰ってこないか?ヒスイリア。」
「……?」
「あぁ、間違えた。『帰ってこないか』じゃなく『帰って来い』だったぞ、と。新社長直々のご命令だ。」
「………ようやく本題を切り出したわね。」


レノはその問いに、笑みを深める事で答えた。
ヒスイリアは近付いてくるレノに後退したが、やがてコンクリートの壁に背があたり身動きが取れなくなる。
嫌な汗がヒスイの頬をするりとつたった。
目の前の男は、全くと言っていい程隙がない。
今、背を向け、走りだせば間違いなくやられるだろう。

緊迫した空気が二人の間に張りつめる。


「………一応聞くけど。嫌、って言ったら?」
「力づくになるな、と。」
「武器も持たない女に…随分と強引ね。」
「くく…そう言ってくれるなよ、と。これが俺達の仕事だ。大人しくついて来るなら手荒な真似はしないぞ、と。」


言いながら、ヒスイリアに向かってレノの手が伸びた。
抵抗する気がないと思ったのか、レノは先程まで放っていた殺気を僅かに緩めており。ヒスイリアはそれを見逃す事なく、手が触れる瞬間を紙一重で躱すと、持っていた鞄で思いきりレノの顔を殴り飛ばし、全速力で駆け出した。

(…丸腰じゃ分が悪過ぎる!何か…何か武器になるものがなきゃ…)

とりあえず家へ戻ろうと、細い路地の角を曲がる。
が、その瞬間、目の前に影が差し、止まりきれなかったヒスイリアは気配なく出てきた人物に勢い良くぶつかった。


「…っ、!」
「どこへ行く気だ?ヒスイリア。」


頭上から降ってきた声にヒスイリアが顔をあげると、さらりとした黒髪が頬を掠めた。
レノよりもきっちりとダークスーツを着こなし、締まった表情をしている男の顔。
それを間近で見た瞬間、ヒスイリアは思わず悲鳴をあげる。


「ツ…ツォンさん!?な、…」
「私が君相手にレノ一人をよこす訳がないだろう。…昔のよしみで気を許してしまったか?」


ツォンは冷静にそう言うと、ヒスイリアの腕を掴んだ。
ヒスイリアは慌ててその手を振りほどこうとするが、後ろから追い付いてきたレノに空いていた方の手を掴まれ、完全に身動きがとれなくなる。


「…ったく。乱暴だな女だな、と。」
「っ離して!…レノ!あんた、やっぱり騙したわね!」
「クク…ッ、これも仕事でね。悪く思うなよ、と。」
「く…っ」
「お喋りはその位にしてもらおうか。」
「ぅ…んっっ!!」


ツォンは言い争う二人に少し呆れた様子でヒスイリアの口元を布で塞いだ。
当然、ヒスイリアは暴れたが、それも長くは続かず、やがてゆっくりと力なくツォンの方へ倒れ込む。


「…結局はこうなるんだな、と。」
「予想出来ていた事だろう。…ほら、突っ立ってないでドアを開けろ。」


言いながらツォンは力の抜けたヒスイリアを担ぎ上げると、道路脇にとめてあった車の方へ歩き出した。
レノが後部座席のドアをあけると、ツォンはヒスイリアを待機していた金髪の女性にゆっくり渡す。


「イリーナ、彼女を頼む。とは言っても、まず4時間は目を覚まさんだろうが。」
「はい!了解しました、ツォンさん。」


イリーナが頷いたのを見て、ツォンは続いてレノにも乗るよう促し、自らは助手席に乗り込んだ。
車の中に滑り込んだレノは隣でぐったりとイリーナにもたれかかっているヒスイリアを静かに見つめ、そっと…気を失っている彼女の髪に手をのばす。


「…レノ先輩?」
「好きにさせておけ、イリーナ。…出せ、ルード。」


切なげに歪むレノの顔。不思議そうに首を傾げたイリーナの声を遮って、ツォンは車を出すようハンドルを握るルードを促した。

弐番街の街道は再び、何事もなかったかのように静寂を取り戻す。
毎日、そこを行き交っていた一人の少女を失って。
----------------------
期限切れで消されてしまった前サイト品。。
Log的にこちらに少しずつ移します。
2005.02.02
一部改訂。

[ 2/53 ]

[*prev] [next#]