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08郷里の地で


コスタ・デル・ソルを発ち、コレル山を越えて、数日。
ヒスイリアは黒マントの影を追ってタークスと共に砂漠を越え、ゴンガガエリアへと足を運んでいた。

七年ぶりに踏む故郷の土…。
しかしその郷土の地にかつて義兄と過ごした懐かしき場所は―――――跡形なく消え去っていた。


「…魔晄炉の爆発事故、か。」


渇いた熱い風に、抑揚のない声がぽつりと吐き出された。荒れ果てた地に聳える魔晄炉の残骸の前で、ヒスイリアは佇み、ただぼんやりと視界に映るものを見つめていた。
ずっと変わらないと思っていた。こんな辺境の村が変わるはずがないと。だがゴンガガの風景は、変わった。かつてザックスと走りまわった草原は、ひび割れた大地に変わり…こっそり覗いた村の中は事故で失われた命への悲しみで満ちていた。

目前に広がる荒んだ光景。
それは魔晄が富裕と対照的にもたらすもう一つの影だった。


「ねぇ……ザックス…。私……おかしいの。
村がこんなになっちゃってたのに…………涙も出ない。」


亡き義兄に、ヒスイリアは淡々と言葉を漏らす。突き付けられた現実はあまりに突然で。痛みを感じる間も、悲しむ間も彼女は得られず。まるでパズルピースが一瞬で崩れてしまったような虚しさだけが、胸の内に満ち満ちた。


「……………ごめん…なさい…。」


守れたかもしれないものが、また。
静寂に包まれたその場所でヒスイリアは只々立ち尽くし…たった一言、消え入るような声で呟いた。



「ヒスイリアさーん!」


そうして暫く経った頃だった。
遠くから聞こえたイリーナの声にヒスイリアは顔をあげ、ゆっくりそちらの方へと向き直る。
イリーナは少し息を切らしながら彼女のもとへ走ってくると、一息ついてから口を開いた。


「はぁ…探しましたよ。急に消えちゃうからどこに行ったかと……」
「ごめんなさい。……少し周りを確認しておきたくて。」


彼女を見て、ヒスイリアは柔らかく目を細める。神羅の人間だがイリーナは真っ直ぐでいい子だ。タークスという諜報活動の中で彼女が後悔しない道を進めるようヒスイリアは胸の内でそっと祈った。


「…戻りましょうか。"例の彼"からの情報じゃ彼らが着くのはそろそろよね…?」
「あ、は、はい!」


壊れた魔晄炉に背を向ける。再び訪れる別離の刻。
刹那、ヒスイリアは、静かに目を伏せ自分に言い聞かせた。

この地を見るのは……これがもう最後だろう…。
ゴンガカは…私のゴンガガは―――――もう死んだんだ。

意を決っしたように、彼女の瞳が開かれる。
淡く、儚い光を灯すヒスイリアの碧眼。
その瞳の中に、先刻見られたような恩沢の色はもう一片も残っていなかった。

村を囲う密林の入り口付近へ戻ると、感じ慣れない気配が三つ、物影からレノとルードを伺っているのにヒスイリアは気付いた。
即座に彼女は気配を断ち、その足音を無音にする。
もしかしたらレノ達を狙っているのかもしれない。ヒスイリアは器用に高い木の枝を蔦って彼らの背後をった。
しかし。その気配の正体にヒスイリアは拍子抜けした。彼女の大きな碧眼が捉えたのは大剣を背に担いだガーディアンらしき金髪の青年一人と、華奢な体つきの女性が二人。
一瞬、剣の柄に手をかけたヒスイリアだったが、彼女はまだアバランチとの接触が無かった為、目前の人物を敵と見なす判断材料に欠けていた。
ちらりと、下にいるイリーナを見遣るが特に警戒している様子はない。彼女はひとまず相手の出方を見守った。


「何赤くなってるのかな、と。ん?誰がいいのかな?」
「……………ティファ。」
「な、なるほど……と。つらいところだな、あんたも。しかし、イリーナもかわいそうにな。あいつ、あんたのこと……」
「いや、あいつはツォンさんだ。」
「そりゃ初耳だな、と。だってツォンさんはあの古代種……」


………聞こえてくる会話の内容には頭が痛くヒスイリアはこめかみを押さえる。別にどうという事はないのだが。二人の会話を覗いていた金髪の青年達は、不思議そうに肩を竦めて首を傾げていた。


「あいつら何の話をしてるんだ?」
「ホント、くだらない!先輩たち、いつでも誰が好きとかキライとかそんな話ばっかりなんですよ。ツォンさんは別ですけど。」
「!?」


唐突に会話に参加したイリーナの声に、金髪の青年が物凄い勢いで振り返った。一瞬の沈黙の後、イリーナが「あ、いけない!」と声をあげる。


「先輩!先輩達!来ました!あの人達、ホントに来ましたよ!」


全力疾走しながらイリーナは大声で報告した。ヒスイリアは沈黙したまま、上からその成り行きを見守る。…しっかりしているが彼女もまた少し変わった天然のようだ。イリーナの良く通る甲高い声に反応して同時にレノとルードが振り返った。


「どこ行ってたんだ、と。ヒスイリアはどうした?」


レノがロッドを出したのを見てヒスイリアは飛び降りた。色素の薄い髪が靡く。刺すような鋭い蒼の目が、彼女の淡い翠眼を捉えた。
彼が間違いなく資料にあったソルジャーだ。彼女は確信した。


「…呼んだかしら?」
「遅いぞ、と。」
「それは失礼。」
「…イリーナ、ここはいい。行け。」
「は、はい!じゃ、先輩達。後はよろしくお願いします。私はツォンさんに報告にいきます!」


言いながら、イリーナはダッシュで場を離れた。
イリーナが追われるのを防ぐ為、彼女との直線上に、ヒスイリアは立つ。眼前に佇む逆立った金色の髪を見て、彼女はルーファウスが残した疑問を内心解決した。


「初めまして。クラウド=ストライフ。」


落ち着いた声で挨拶をする。しかし、彼女からは先程までとは明らかに異質な。まるで冷気のように感じられる殺気が溢れ出していた。
凍れるようなその威圧感は、仲間であるはずのレノやルードでさえ、一瞬怯むほど強く。
クラウドは背の大剣を手に取り、ヒスイリアの顔をじっと見据えた。


「あんたと戦える日が来るとはな。」
「……私の事知ってるの?」
「ソルジャーでアンタを知らない人間はいないさ。」


言いながら、クラウドは大剣を構えた。
その姿を見て一瞬、ヒスイリアは呼吸が止まる。彼が手にしていたバスターソード。それは以前、ザックスがある人物から譲り受けたものと酷似していた。


「行くぞ!!!」


クラウドは一声叫ぶと、ヒスイリアへ向かって走り出した。内心動揺しつつも彼の踏みこみに彼女は応戦しようと姿勢を構える。が、その時、突然体が後ろに引かれ邪魔が入った。


「!?」


驚いて首を捻ると、襟首の辺りをレノが掴んでいて彼女の体を押しどける。


「生憎あいつは俺が先約だぞ、と。」


レノはそう呟くと、電磁ロッドで軽く肩を叩きながらクラウドの方へ向き直った。蒼の瞳を好戦的に細め、口元に薄く笑みを浮かべる。クラウドはその行動に一瞬、眉を顰めたが、構わずそのまま突っ込んだ。


「久しぶりだな、と。七番街の借りを返すぞ、と。」
「七番街・……忘れたな。」
「それは寂しいな、と。」


挑発めいた言葉をクラウドは、無表情でレノへと放つ。レノは大げさに肩を竦めると、次の瞬間、彼の刃とロッドを合わせた。


「……根に持つタイプだったとはね。」
「ヒスイリア、手が空いたならこっちを。」


ルードはソルジャーと同行していた女性二人と交戦しながら、傍観していたヒスイリアを促す。仕事とは言え、もともとは紳士なルードの事だ…当然、やりにくいのだろう。

(とはいえ…わたしも女子相手は苦手なんだけど…。)

ヒスイリアは小さく溜め息をついてから剣を抜き、ルードの後援にまわった。彼女の長剣が回復魔法を唱えていた女性に向けられる。殺す必要はない。ただ、あのチョコボ頭の彼だけ始末出来れば良いのだ。
受けられる程度の速度で、ヒスイリアは彼女に向かって剣を振り下ろした。


「…っ!きゃあ…っ!」
「…!エアリス!!」


彼女は慌ててその剣をロッドで受けとめたものの、受けた個所からロッドは無残にも2つに砕けた。
思わず悲鳴を上げて後ろに転んだ彼女に、それまでルードと格闘術で戦りあっていた女性が彼から
距離を取り、慌てて駆け寄ってくる。


「…大丈夫!?」
「え、ええ。平気、ごめんなさい…ティファ。」


エアリスと呼ばれた女性は砂を払ってすぐに立ちあがった。彼女を庇うように、ヒスイリアとエアリスの間にティファが拳を構え立ちはだかる。
ティファの動きに警戒しながら、ほんの一瞬、ヒスイリアはレノとクラウドの方へ目をやった。


「…ルード。レノの援護行ってやって。やっぱり…あいつ、圧されてる。」


彼女の言葉に反応してルードも二人の戦闘に目をやる。彼もその状況を見て察したが、それではこちらが手薄になるため暫し躊躇った。


「ルード。私はソルジャーよ?ほら、早く!」


ヒスイリアが少し語尾を強くして言うと、ルードは小さく頷いてレノの方へ向かった。無表情のまま、ヒスイリアは降ろしていた剣を再び静かに構え直す。


「…理解に苦しむわね。貴女達みたいな女の子が神羅に盾突いて。命知らずにも程がある。」
「貴女こそ…。どうして神羅の味方なんてしてるの?神羅がどれだけ皆を苦しめてるか…分かってるの!?」
「…それなりに。でもそれを神羅のみの責任にするのはどうかしら?」


ヒスイリアは一気に相手の間合いに突っ込んだ。
ティファは彼女の剣を手甲で受けると、空いていた方の手で攻撃を繰り出す。ヒスイリアはそれを剣の柄で受け流し、そのまま次の攻撃へと移った。


「っく…!」
「一応、手加減はするけど…気を抜くと首が飛ぶわよ。」


忠告はとても冷ややかだった。ティファも何とか応戦するものの、彼女の身軽さと華奢な体つきに似合わぬ腕力に圧される。エアリスが回復魔法をかけてティファの体力回復を図るが、それでも追いつかない程、彼女の剣技は速く重いものだった。
何度目かの攻防の後、ティファはヒスイリアの剣圧に堪え切れず大きくその場から弾き飛ばされる。


「…っ、あぐっ!!」
「ティファ!!!」


木に叩き付けられたティファに慌ててエアリスが駆け寄る。ヒスイリアはそれを見て静かに剣を下ろすと、肺に溜まっていた熱をふぅ…とゆっくり吐き出した。


「…ヒスイリア!!後ろだ!!!!」


唐突に発せられたレノの声に、彼女はハッと息を呑む。次の瞬間、ヒスイリアは振り向き様にクラウドの刃を下から既の処で受けとめていた。力任せに押し合う刃先が擦れて不快な音を立てる。
彼女に向けられたクラウドの瞳は怒りと憎しみの光に満ちていた。


「お前…っ!よくも、ティファを…ッ!!」
「……そんなに大事ならちゃんと側で守ったらどう?」
「黙れッ!!」


互いの剣を弾き合い、二人は目に見えないほど高速の剣戟を繰り出す。と、彼の剣を受けとめる度に、ヒスイリアは例えようのない気味の悪さに襲われた。

なん、なの…?
似ているとは思ったけれど…こ、の太刀は………

思考が停止し、集中力が途切れ始める。レノは急に格段に動きの悪くなった彼女に訝しげに声をかけた。


「おいおい、ヒスイリア…遊んでる場合じゃないぞ、と。」
「…っ…く、………」


額に玉の汗をかきつつ、ヒスイリアは無言で剣を振るい続ける。頭痛で頭が割れる。レノの声も耳に入っていなかった。様子がおかしい、レノが彼女の様子を訝しみ、手を貸すか迷い始めた、まさにその時だった。

クラウドがヒスイリアの剣を薙ぎ払い、その刃先が彼女の腕をもざっくりと斬り裂いた。
彼女の白い肌から真っ赤な鮮血がボタボタと大地へ零れ落ち、黒い染みを作り出す。ぐらりと、スローモーションのように揺らいだヒスイリアの姿に、レノは我が目を疑った。助けに走らければと思うのに彼女の血に塗れた姿に体が動かない。

目の前の出来事に、彼は頭の中が真っ白になった。


……………ヒスイリア………………

ヒスイリアが……負ける、だと…?

………あいつが………こんな処で………


…………………死ぬ……………………?


「…っあ!く――――ッ!!」


痛みに耐え切れず、ヒスイリアはその場に崩れ落ちる。クラウドは一瞬、躊躇ったがこの機会を逃す手はないと大剣を天へと振りかざした。
反射的に顔を上げ、クラウドの顔を見据えるヒスイリアに暗い影が落とされる。
逃げなくては……避けなければと思うのに重くなった体が言う事を聞かなかった。

(こんな処で…死ぬわけにいかないのに…――――――)

自らの失態に唇を噛み、ヒスイリアはぎゅっと目を閉じた。


「やめて――――――――…ッ!!!」


クラウドの剣が今、まさに振り下ろされようとした瞬間だった。エアリスの渾身の叫びがその場に響き、クラウドの動きが瞬間的に鈍る。

一瞬の空白。
その間にルードがヒスイリアの体を担ぎ上げ、クラウド達から距離を取った。
呆然としていたレノも慌てて彼女に駆け寄り、自分のスーツを引き裂いて止血を施す。


「ヒスイリア!…ちっ!出血が酷いな、と。」
「………う、っ………レノ…。服、が………」
「馬鹿野郎。んな事気にしてる場合か、と。――捕まってろ。」


流れる鮮血がスーツにつくのも構わず、レノはヒスイリアを横抱きにして走り出した。
力の入らない体を彼に身を任せ、ヒスイリアは震える声で言葉を紡ぐ。


「……レノ、…レ、ノ。………あい、つ……―――」
「後で聞いてやるから喋るな、と。傷に障る。」


言って、レノはさらに強くヒスイリアを抱き寄せ、走る速度を速めた。血が流れすぎているせいか…だんだん瞼が重くなって、ヒスイリアは目を閉じる。

クラウド。元ソルジャー1st.だったという彼。
どうして全く別人の彼の動きが…あれ程ザックスそっくりなのか?
真似たとて……あそこまで剣技が似るとは思えない。

………分からない………何もかもが………不鮮明で朧げだ…………。

………ザックス………
もし……もしあなたが今ここに居たら…………

居て…くれたら。

薄れゆく意識の中で、ヒスイリアはかつての優しい義兄の面影に想いを馳せた。

走り去るタークスの背を見ながら、クラウドは再び大剣を背に担いだ。彼は足早にエアリスと気を失っているティファに歩み寄ると、静かに膝を折りその場に屈む。


「ねえ、なんだかヘンじゃない?あの人たち、私たちがここに来るの、わかってたみたい。」
「ああ。……仲間からの情報漏洩など考えたくもないが…。だが今はそれよりもティファの怪我だ。」
「あ、それなら大丈夫よ。っていうか…どこも怪我してないもん。」
「……は?」
「多分、あの子がティファを弾き飛ばした時にケアルとスリプルみたいのを同時にかけたんだと思う。…最初から私達を傷つけるつもりなかったのかも。」
「………。」


クラウドはそれを聞いて、少しバツの悪そうな顔をした。エアリスはそんなクラウドを見て、ひょこっと彼の顔を覗きこむ。


「……あの子が心配?」
「…何、言ってるんだ。あいつは敵だぞ。」
「じゃあさっき殺しておけば良かったって…そう思うの?」
「……それは………」


じっと自分の顔を見つめてくるエアリスにクラウドは困ったように目を逸らした。エアリスはそんな彼を見て優しく微笑むと、ぽんぽん、と金色の髪をそうっと撫でる。


「大丈夫…、あの子はきっと生きてるよ。」
「え?」
「何となくだけど…感じるの…。あの子…あの子もしかして―――セトラ……?」
「…!?ヒスイリアが古代種だと!?」
「わかんない。でも…他の人とは違う感じなの。懐かしくて…暖かい…そんな感じ。」


言って、瞳を閉じエアリスは胸の辺りを押さえた。
クラウドは一瞬、彼女から告げられた言葉に暫し呆然とする。が、彼はすぐに首を横に振り、彼女の仮説を否定した。


「…いや、だが……彼女が古代種だなんて話は有り得ない。それなら神羅はエアリスやセフィロスを追う必要なんかないだろ?約束の地はヒスイリアに探させれば良い。」
「あ…そっか。それもそうだね。」


クラウドの尤もな言葉に、エアリスは顔をあげ、うーん…と再び俯いてしまう。クラウドも彼女と一緒に暫く思索してみるが、結論の見えない問題に小さく首を横に振った。


「……とりあえず近くの村へ行こう。…このままここにいればモンスターに襲われないとも限らない。」
「あ…、うん。そうね。」
「…いずれまた会うだろう。セフィロスがいない今、彼女が神羅で最強のソルジャーだからな。」


クラウドはティファを抱き上げるとタークスが走り去った方向を再び見つめた。
地に落ちたヒスイリアの血液が黒くなり、点々とそちらに続いているのを、クラウドはじっと見据える。

(…しかし最近まで神羅には居なかった筈なのに。どうしてまた……。)

もやもやと纏まらない考えが頭の中を渦巻く。クラウドはそれらを吐き捨てるように溜め息をつくと、ゴンガガ村の方へと歩き始めた。

運命は時として人に残酷な悪戯をする。
長き時を経て成された再会を、当人達は露知らず…。

顔を覗かせた真実は二人を弄ぶように、再度、時の中で眠りにつくのだった。
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2005.03.10
一部改定。

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