08



朝。
目を覚ました彼女は一瞬状況が分からなかったらしく混乱していたが、経緯を説明すると更に慌てた。

「この度は私の厚かましい御願いを聞いていただいて……」

「あはは、そんな大袈裟な。良く眠れた?」

「………お陰様で……」

つつつ、と此方から視線を逸らす彼女は、けれど、ふと何かに気付いたように顔を上げる。

「…あれ?」

「ん?」

「……今…倫太郎さんの頭に猫の耳が見えた気がして…」

「んー、僕にそんな趣味はないけどなぁ」

「で、ですよね! すみません、顔洗ってきます」

「うん。ごゆっくり」


ひらひらと手のひらを振って彼女を見送る。ぱたぱたと足音が遠ざかるのを確認してから、僕は息を深く吐き出した。

「ふー…、危ない危ない」


……耳、ねぇ。そんなに気が緩んでいたつもりはなかったんだけどなぁ。

思わず笑いが洩れる。

立ち上がり、昨夜彼女が指差した襖に指を這わせて、そっと其処をなぞれば、湿った感覚は無いものの確かに感じる“あの日”の名残。

──あの日、君が僕を殺した。


そう告げたなら、あの穢れを知らない眸はどんな風に歪むのだろうか。

早く其れを確かめたい気持ちも有るけれど、今は。



「倫太郎さん、朝御飯できましたよ」

彼女の声がする。今行くよ、と応じて、僕は立ち上がる。

……健気な少女。今だけは、穢れを“知らない”少女。


「……にゃあ」

呟いて、自分を律するように唇を舐める。少しだけヒトよりもざらついた感覚が、其処に残った。

──今だけ、は。



からくれなゐの小唄
/end?







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