06
暫くそうしていると、不意にちくりと脚に何かが刺さる。
……そう言えば。
そろりと彼女から『それ』に視線を移す。其処にはゆらりと尻尾を揺らして此方を凝視する黒猫が居た。……忘れるなと云わんばかりに立てられた爪が、限り無く痛い。
「…飼い猫、なんですか?」
「んー、まぁ貰い受けたってところかな」
微笑して黒猫の頭を宥めるように撫でる。爪を引っ込めてくれたことにホッとして、続けた。
「……この屋敷に元々住んでたひとが何者かに殺されてしまってね。それからもこの子は屋敷に居るけど…あれから一回も啼かないんだ」
「………ショックだったんですね」
「うん」
そう。だからこの子は特別だ。少なくとも、僕にとっては。
「紅(くれない)っていうんだ」
「くれない……唐紅(からくれない)の紅、ですか?」
「うん。眼が赤いからっていう単純な理由だけどね」
自分にも構えと長い尻尾で此方を叩いてくるそれに応じるように、紅を持ち上げて「ほら」と示す。
「……あ、同じなんですね」
「え?」
「この子の目……倫太郎さんの目と同じ色だなって」
「……、…そう? もしかして猫も飼い主に似るのかな」
一瞬生じた不自然な間を誤魔化すように、微笑する。幸い彼女は気にならなかったようで、「いつか、また啼いてくれると良いですね」と言った。
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