05



……柔らかく、そして酷く脆弱な、彼女の“核”。


それを刺激しないように努めて優しく彼女が『視た』内容を問うと、彼女は途切れ途切れに教えてくれた。

「襖、に……血飛沫が…」

分かった、と僕は一旦彼女から離れて来客を招き入れてから細い指が示した其処の表面を撫でる。湿っている様子はない。

その事を手のひらを見せながら伝えると、彼女は漸く平静を取り戻したようだった。

……もしかしたら、彼女のなかで夢と現実の境界線が曖昧になっているのかもしれない。夜毎見るそれが悪夢なら尚更だ。

「…、依千子ちゃん」

「は、はい」

「もうちょっと、こっちにおいで」

ちょいちょいと手招けば、一度開いた距離が縮まる。

「怖かったね。もう大丈夫だよ」

「…………はい」

軽く抱き締めて、綺麗な黒髪を撫でる。こて、と彼女の頭が甘えるように寄りかかってきた。

「……私…夢の中で、いつも笑っているんです」

「……ん? でも依千子ちゃんは怖いって思ったんだよね」

「はい。自分が何を見て笑っているのか、分からないんです。……自分のこと、なのに」

「そっか」

思っていたより、彼女の視る夢は精神に影響しているようだ。自分のことなのに分からない、と云うのはずっと蟠(わだかま)りを抱えるようなもので、相当な負荷になるだろう。況してや彼女の場合、今自分が視ているものは夢か現かすら判別出来なくなってしまうかもしれない。

……そうしていつか、彼女の精神が壊れてしまったら。

その時僕はどうするだろうか。

目を細めて、彼女を見る。健気な少女。穢れを“知らない”、少女。



──いっそ、壊してみようか?


眼下に在る耳にふと尋ねてみたくなるのをぐっとこらえて、さらりとぬばたまの黒を梳いた。







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