03
***
夜。
「お、お邪魔します」
「はい、どうぞ」
幾分緊張した面持ちで現れた彼女を笑顔で出迎える。そう言えば一年も一緒に住んでいるのにこうして彼女が僕の部屋の中に入るのは初めてだ。彼女が初めてこの屋敷に来た時も、話は居間で済ませてしまったし。
そりゃ、彼女は女の子で僕は男だから仕方がないと言われればそれまでだけれど。
時刻は十時を回ったところ。彼女は朝食の下拵えを済ませて来たらしく、触れた手が少しだけ冷たかった。
「何飲む? って言っても緑茶か烏龍茶しか無いけど」
えぇと、と彼女は一瞬悩む素振りを見せたが、傍らに有った僕の湯呑みに気付くと、
「倫太郎さんと同じものをください」
と言った。
ぼくは、頷いて彼女の分の緑茶を淹れる。ありがとうございます、と受け取る彼女は冷えた手のひらを温めるように其れを包むと、ふわりと小さくほころんだ。
……嗚呼、可愛い。不謹慎だけど可愛い。
「……倫太郎さん?」
「…、ん? あぁ、ごめん、何?」
不安げな声で我に返る。遂に僕の煩悩がバレたのかと思ったが、彼女の顔には『迷惑でしたか?』と云う科白がありありと浮かんでいて、違うらしいと内心安堵する。素直な子だなと微笑みながら「迷惑だなんて思ってないよ」と僕は自分の茶を淹れ直しながら応じた。
「でも、疲れてるのに……」
「僕のことは良いんだよ。ほら、お代わり淹れたげる」
「あ、ありがとうございます」
湯呑みを受け取って、新しく緑茶を注ぐ。
其れを片手に振り返ろうしたところで、不意に彼女が短く悲鳴を上げた。
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