02
「何でも良いよ? 服でも、食べ物でも」
「いえ、私は本当に……」
何も要りませんから、と頑として首を縦に振らない彼女だったが、軈て根負けしたようにおずおずと小さな唇を開いた。
「……では、えぇと…」
「うん」
「……今夜……倫太郎さんの御部屋に行っても、良いでしょうか…?」
「…………え?」
羞恥からか、此方を見上げる澄んだ眸は潤み、頬はほんのり朱鷺色だ。
……やばい、可愛い。
思わず綻んでしまう口元を隠すように覆うと、彼女はそれに気付いて慌てた様に付言する。
「あっ、あの、変な意味じゃないんです……! すみません、やっぱり何でも有りませんからっ」
……其処まで強く否定されると、うっかり喜んでしまった僕が変態だと直に言われている気分になる。否定しきれないのが何とも我ながら情けないが。
勢い良く立ち上がる彼女の身体は、立ち眩みを起こしたのかふらりと不安定に傾ぐ。此方も立ち上がってそれをすっぽりと抱き留めると、案の定彼女は更に慌てた。
「ご、ごめんなさい…っ」
「いいよ。……そういう意味で言ったんじゃないのは解ったから、依千子ちゃんの理由を教えて?」
「……はい」
今度は素直に頷いてくれた彼女から腕を離して、再び対座する。
「……私、最近同じ夢を何度も視るんです。夢の筈なのに、目覚めると感触が身体中に残っていて、すごく、怖くて…」
「眠れない?」
「…あんまり…」
「…そっか」
俯いたままこくりと頷く彼女の肩が微かに震えていて、僕はそっと手を伸ばして目の前の艶やかな黒髪に触れた。
「いいよ、おいで。……気付いてあげられなくて、御免ね」
弾かれた様に視線を上げた彼女のそれ梳くように撫でると、ふるふると彼女は小刻みに二三首を振って「倫太郎さんのせいじゃありません」と小さな声で言う。
よしよしとそのまま頭を撫でていると、彼女は安堵したのか、ほぅ、と息を吐いた。可哀想なことをしたな、と僕は内心苦笑して、彼女の震えがおさまるまでそうしていた。
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