蝉時雨が聞こえない
「……あ」
夏休み最後の部活帰り。
学校近くのスーパーでの戦利品(卵2パック)を持って舗装道路を歩いている時だった。
ふと見付けた蝉の死骸。仰向けになったまま動かないそれに、足が止まる。
──三週間。
外に出て鳴いていられるのはその期間だけなのを知らない奴なんてまぁ居ないだろう。だから八月の終わりとも成ればもう残ってなくても不思議はないのだけれど、この死骸が在るのが『彼女』の居た病院前だったからか、止めた足は動かない。
──三週間前。
彼らが鳴き始めた頃に、『彼女』は死んだ。
『そう言えば、蝉って抜け殻とか死骸は良く見るけど、実際に羽化するところって見たことないよね』
見てみたいなぁと笑った顔。それは最期に見た表情とまるで一緒で。期待に満ち溢れていた眸が段々と細く閉じられていくのが信じられなくて。
「…………嘘だったら、善かったのにな」
ぽつ、と自分の口からこぼれたのは、叶わないことが解っている願い事。
目を伏せる。
…あの日。静かな室内と騒がしい外は、窓硝子一枚で隔てられていた。
茹だる様な暑さも、揺れる陽炎も、まだ思い出せる。
それでも、頬を撫でていく風は段々と次の季節へ姿を変えていくから。
「……さよなら、空瀬(うつせ)」
生温い風が、彼女の残像を何処か遠くへ飛ばしていく。
……君が愛した季節に、別れを告げる。
目を開ければもう、蝉時雨は聞こえなかった。
蝉時雨が聞こえない
/title by 双子
cube様に提出
(第三回企画:夏ヲ見送ル)
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