天色馨る聖域





「……、またですか、國斉(こくさい)さん」

 人気の無い路地裏。榛原璃人(はいばらりひと)は漸く追い付いた相方の姿に嘆息する。

 支給品とは云え新品同然だった軍服は血塗れ。まぁ百パーセント返り血だと断言出来るからその点の心配は要らないが、璃人が『また』と困ったように付け加えて言ったのは、其の状態が今日初めての事では無いからだ。

「あ、おひょかっひゃね、ひゃいばら」

 口元から伸びている白い棒状のプラスチック。恐らく彼の口内ではロリポップのソーダ味が転がっていることだろう。
 そして言っているのは『あ、遅かったね、榛原』か。

「貴方が中途半端な書き置きを残すからですよ。『た』を抜くのは何となく分かりましたけど、そのヒントたる狸がどう見ても河童です」

「えー?」

 力作だったんだけどなぁ、と笑う相手──國斉智隼(ちはや)に璃人はもう一度小さく息を吐いて、仕事の表情に切り替えた。

「──報告を」

 短く相手に告げる。智隼もカチリと仕事用の表情を嵌め、下唇を親指でなぞりながら言う。

「……間違いない。逃走する際持ち出したナイフやら銃やらは全て回収済み。今回も“事件”との関連性は無し──以上」

 言い終えた瞬間早速仮面を外した智隼は新しく取り出したロリポップの包装を剥がし始める。

「何だって皆脱走しようとするかねぇ。俺からは逃げられないってのに」

「『俺達』、でしょう? たかが監視人とタカをくくられているんじゃないですか?」

「あー、もしそうだったらヤだな。榛原今度ボスに相談してきてよ」

「其れはまぁ追々。ほら、戻りますよ」

「はーい」

 よいしょ、と事切れた骸から腰を上げ、大きく伸びをしてから、智隼はふと指先に付着した血を舐め取る。

「…………あまい」

 そう愉悦に満ちた声で呟いて唇に薄く笑みを刷く智隼を訝しげに振り返る璃人。

「どうかしました?」

「んーん」

 ゆるりと否定して水色の飴を口に運ぶ智隼は、昏い夜空を見上げる。

「這入っても地獄、出ても地獄──ってね」

 ふわり、と。血と飴の匂いが混ざる風が馨った。


天色馨る聖域
/fin




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