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Aug 28 18:58

『蒼い猫と小さな恋のうた』20話小噺。久世視点。





彼奴は、ずぶ濡れで帰ってきた。

先に連絡は入っていたから、予め用意しておいた着替えを手渡してやる。無言でバスルームに消えた後ろ姿が、初めて出会った時に良く似ていて、ふとあの時覚えた庇護欲が胸の内で蘇った。

……親の顔など知らない。捨てられたのだと事も無げに言ったあの頃の彼奴は、きっとそうすることで自己を保って来た。
夜毎押し寄せる孤独感と喪失感で満足に眠れなくとも、決して其れを表に出さない術を知らぬ間に身に付けてしまったから。

「龍治(りゅうじ)」

カタン、と浴室の扉が開いて、俺を呼ぶ声。振り返れば濡れた髪のまま扉に寄りかかるその姿が在った。


「……どうした。そのままでいると風邪を引くぞ」
「あぁ…、…そうだな」

微笑するその目は何処を視ているのだろう、静かに弧月を描いたまま動かない。

「………龍治」

数秒後、繰り返される自分の名前。縋るようなその響きが消えきらないうちに、氷雨は続ける。

「…………俺は彼奴が、羨ましかったんだな。…何処までも真っ直ぐで透明な……“子猫”が」
「……あぁ」
「眩しくて、でも手を伸ばせば届きそうな青色が……ずっと欲しかった」

柔らかく細められる目は懐古の色を含んでいる。過去形で紡がれるそれは静かに終わった事を告げていた。

「寂しくなるな。今日は一緒に寝てやろうか」
「馬鹿言うな、もう餓鬼じゃない」

冗談混じりにそう言えば、氷雨が笑って応じる。

その表情が今までで一番綺麗で、つられるように微笑を返し、今日は夜が明けるまで酒に付き合ってやろう、と俺は思った。




……その心に降る雨が止む日まで、俺は傘を差し出し続けよう。




***
『蒼恋』から氷雨と久世さんの小噺でした。
氷雨が言わなくても大体の事は分かる久世さん。実は氷雨よりも歳上です。
この後ふたりは飲み会をするんでしょうが、氷雨が案外お酒強くなかったりしたら萌えませんか←








Aug 10 13:23

『モノクロームストロベリィ』の第8話小噺。




「…行ってしまいましたね」

 あっという間に遠くなる兄の車をぼんやりと眺めていた星羅(せいら)は、従者の言葉に振り返る。彼──八重樫港(やえがしみなと)はいつも通り定位置に立っていた。

「…………少々、心苦しいです」

「…え?」

 唐突な従者の告白に、星羅はパチリと大きな黒目を瞬かせる。

「伊万里(いまり)様とも武人(たけひと)様とも…また暫くお会い出来ないでしょう? ……幾ら貴女様のお傍に居ても、そのお心の虚を埋める術を、私は持ちません」

 その長身を屈めて、目線を合わせる港がそっと手を取って苦笑する。……彼の笑顔はとても綺麗で好きだ。けれど、こんな風に切なげでつらそうなそれを見ていられなくて、星羅はキュッと彼の手を握り返した。

「星羅様?」

「……寂しく、ないよ。港が居てくれるから」

 姉や兄となかなか会えなくても、自分には、彼が居てくれるから。

「だからずっと、傍にいて」

 頬が熱くなるのを感じながらそう言うと、数秒驚いたように固まっていた彼だったが、やがて「はい」と柔らかく微笑んだ。




***
星羅ちゃんとその従者・港さんの小噺。

歳の差主従Yeah!!なテンションで書きました。





Jul 02 21:10

『朧月』の本編その後。





 不夜城(ふやじょう)家の朝は、そう早くない。
 鳥の囀りに耳を傾けつつ食卓を囲むのは、見目麗しい当主とその弟、そして小柄な“鬼”の少女だ。

「…………」
「……、何だ、鈴鹿(すずか)」

 当主こと不夜城椿(つばき)は、隣に座ってはいるものの何処か落ち着きがない少女の名を呼ぶ。そして何か言いたいことが有るのかと問うが、少女──鈴鹿の答えは否だった。

 そうか、と一度は視線を朝餉へと戻す椿だが、そうすればまた何かを窺うように自分を凝視してくる鈴鹿に、ふっと浅い溜め息をこぼす。

「何か欲しいものでも有るのか?」

 菓子か、簪(かんざし)か。人間の齢で云うならば15、6の少女が欲しがるものはその辺りかと検討を付けて訊くが、またしても答は否。
 違うなら違うなりの理由が在るだろうに、ふるふるとかぶりを振るばかりで一向にそれを言おうとしない鈴鹿に、椿は僅かに眉を寄せる。……一体、何だというのか。

 ついには双方黙り込んでしまうが、その一部始終を微笑ましそうに見ていた不夜城家次男がふと口を開いた。

「今日の朝御飯、鈴鹿ちゃんが作ったんだよ」

 その言葉に、当主が「ほう」と感心したように呟くのと少女が「楓(かえで)さんッ」と焦ったように彼の名を呼ぶのは同時。

 見れば鈴鹿の顔は鮮やかに色付いた紅葉色の髪に負けない位に赤い。

 ……成程、答えは此れか。
 漸く明確なそれを得た椿は内心で唇をつり上げた。目は口ほどに物を言うと云うが、こうも表情に出ればわざわざ確認せずとも分かる。

「………、…あ、あの、私…あまりお手伝い出来ることが、ないから…」
「其れで花嫁修業か」
「…………」

 無言で鈴鹿は頷く。その頬は未だ色を重ねたように濃い赤だ。

 ……全く、可愛いことをしてくれる。

 椿は微笑して、隣に座る愛らしい“鬼”の髪を一房掬い上げる。指通りの良い其れに軽く口付けると、いよいよ沸騰しそうなほど鈴鹿は赤面した。

「つ、つ、椿、さん…っ」
「………こう云うことには何時まで経っても慣れないな、お前は」

 揶揄を含んだ声音で笑えば、鈴鹿は唇をきゅっと結び羞恥故だろう、怒ったように椿を仰ぐ。体格差ゆえ図らずも上目遣いになるが、其れが此方の理性をじわじわと削っていることなど、色事にてんで疎い鈴鹿は知る由もないのだろう、と椿はひとりそっと苦笑する。

「…無理はするなよ」
「…………はい」

 頭を撫でてやれば、ふわりと花が綻ぶように笑う、愛しい“鬼”。

 …愛しい、少女。




***
小ネタ初投稿は『あの人は今…』シリーズ第一弾でお送りしました。

書いてから「あれ? 椿ってロリコンじゃね?」と思ったのは内緒です。鈴鹿は鬼なのでセーフと言うことで←





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