Jul 02 21:10

『朧月』の本編その後。





 不夜城(ふやじょう)家の朝は、そう早くない。
 鳥の囀りに耳を傾けつつ食卓を囲むのは、見目麗しい当主とその弟、そして小柄な“鬼”の少女だ。

「…………」
「……、何だ、鈴鹿(すずか)」

 当主こと不夜城椿(つばき)は、隣に座ってはいるものの何処か落ち着きがない少女の名を呼ぶ。そして何か言いたいことが有るのかと問うが、少女──鈴鹿の答えは否だった。

 そうか、と一度は視線を朝餉へと戻す椿だが、そうすればまた何かを窺うように自分を凝視してくる鈴鹿に、ふっと浅い溜め息をこぼす。

「何か欲しいものでも有るのか?」

 菓子か、簪(かんざし)か。人間の齢で云うならば15、6の少女が欲しがるものはその辺りかと検討を付けて訊くが、またしても答は否。
 違うなら違うなりの理由が在るだろうに、ふるふるとかぶりを振るばかりで一向にそれを言おうとしない鈴鹿に、椿は僅かに眉を寄せる。……一体、何だというのか。

 ついには双方黙り込んでしまうが、その一部始終を微笑ましそうに見ていた不夜城家次男がふと口を開いた。

「今日の朝御飯、鈴鹿ちゃんが作ったんだよ」

 その言葉に、当主が「ほう」と感心したように呟くのと少女が「楓(かえで)さんッ」と焦ったように彼の名を呼ぶのは同時。

 見れば鈴鹿の顔は鮮やかに色付いた紅葉色の髪に負けない位に赤い。

 ……成程、答えは此れか。
 漸く明確なそれを得た椿は内心で唇をつり上げた。目は口ほどに物を言うと云うが、こうも表情に出ればわざわざ確認せずとも分かる。

「………、…あ、あの、私…あまりお手伝い出来ることが、ないから…」
「其れで花嫁修業か」
「…………」

 無言で鈴鹿は頷く。その頬は未だ色を重ねたように濃い赤だ。

 ……全く、可愛いことをしてくれる。

 椿は微笑して、隣に座る愛らしい“鬼”の髪を一房掬い上げる。指通りの良い其れに軽く口付けると、いよいよ沸騰しそうなほど鈴鹿は赤面した。

「つ、つ、椿、さん…っ」
「………こう云うことには何時まで経っても慣れないな、お前は」

 揶揄を含んだ声音で笑えば、鈴鹿は唇をきゅっと結び羞恥故だろう、怒ったように椿を仰ぐ。体格差ゆえ図らずも上目遣いになるが、其れが此方の理性をじわじわと削っていることなど、色事にてんで疎い鈴鹿は知る由もないのだろう、と椿はひとりそっと苦笑する。

「…無理はするなよ」
「…………はい」

 頭を撫でてやれば、ふわりと花が綻ぶように笑う、愛しい“鬼”。

 …愛しい、少女。




***
小ネタ初投稿は『あの人は今…』シリーズ第一弾でお送りしました。

書いてから「あれ? 椿ってロリコンじゃね?」と思ったのは内緒です。鈴鹿は鬼なのでセーフと言うことで←




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