飛んだんだ。
「お、何だ小鳥遊か」
ドアの先には恩人がいた。
「どうも」
「よう、どうよ調子は」
「ぼちぼちです」
ヘラヘラをした顔で何を考えているのか。
俺を助けたあの時も、彼の内心は読めなかった。
しかし感謝はしている、助けてくれた理由は何も知らないけれど。
「で?城ヶ崎に何の用事だったんだ?」
突然の核心ついた言葉に驚きを隠せないでいると、付け足すように言葉を吐いた。
「この部屋、使ってるのあいつ位なんだよ。ここの資料はもうデータ化されててパソコンから自由に見られるようになってる」
だからこんなところ来る奴らは大抵あいつに用事がある奴しかいないんだよ。
懐から煙草を取り出しながら目を閉じてそう言葉を繋ぐ。
その様子をただ眺めていると、また口を開いた。
「お前の家のこと、誰にも言ってねぇよ。誰にも聞かれてないし、言うつもりもねぇ。が、恐らくあいつは気付いてるだろ。お前が気付いたように、な」
火をつけられた煙草から静かに煙が昇る。
もくもくと細く、そして長く。
その煙は父親が煙草を吸っていた…忘れもしない、あの煙の様子と重なる。
そしてまた意識しない内に拳を握っていたのだ。
『バカヤロウこのクソ息子が!!!!!!!!!!!!』
飛ぶ怒号。
叫ばれる悲痛の声。
そんな家に生まれた。
「お父さん」
「どうした和佳」
物心ついた頃の父はうんと優しかった。
他に向けられ吐き出されるあの怒号が嘘のように、甘く優しい顔付きで頭を撫でてくれる。
しかしそれが偽りだったかのように小学三年の頃、父は一変する。
「父さ「なんだ」あ、いや」
用事がないなら近づくなとギロリと冷たい目線。
その日の前から、いつからかは分からなかったけど、確かに何か、何か大きなことをしたのは分かっていた。
それを知ったのはトイレへと向かう長い廊下の、父の部屋の前だった。
(寒い)
たしか冬前、冷え始めた夜に父は小さく話し込んでいた。
相手が誰だろう、何を話しているのだろうと興味本位で少しだけ開いていた襖から目線を覗かせた。
(…誰だ?)
見知らぬ長い黒髪の…恐らく男だろう。
父の前に座り、何か資料を広げている。
そこから見えたのは城ヶ崎の文字。
どこかの地名かと思ったが、今は分かる。
城ヶ崎伊犂來の名前だったのだろう。
「城ヶ崎家には娘が居たが、娘は取り逃がしたみたいだな?」
「いえ…あっちと約束があったんで…取り逃がした訳では、ない、んですがね…」
「…そうか。そうなら仕方ないな、仁義がここの習わしだったもんな」
「すみません、…さんの頼みだったのは百も承知だったんですけどねぇ…」
父がその相手をどう呼んで居たのかは分からない。
ただ、ただ俺はその人を今確かに知っている。
誰なのかは、それだけはわからない。
「大きな秘密を知った城ヶ崎家には消えてもらわないと困るんだよ、お前もそれはわかってるだろ?」
「えぇ、そりゃ勿論」
バン、と大きな音を立てて肘をついたその後ろ姿の男は煙草を取り出した。
細く、長い煙を炊き上げて、その一本の白は、父の首へと伸びた。
「なら、分かってるだろ?このままじゃ今度はお前と、息子の番だって」
楽しそうに少し笑いながら、それを父の首へと捻り、擦り、押し付ける。
苦しそうに呻く父、ここで出ていったら死ぬと直感が危険信号を出している。
こちらを向いた父の目線に、バレていると気付いたのはほんの一秒もかからないうちだった。
(逃げなきゃ)
しゃがんでいた足が痺れている。
庭に向かって体を転がすと廊下から下の砂利へ体が落ちた。
そのまま僅かだが音が鳴る。
「国家の秘密を握っちまったんだ、お前も、城ヶ崎もただじゃおいてられねぇ。三日後迄に城ヶ崎伊犂來の存在を消すように。それが出来なきゃ、あんたの首も…な、小鳥遊組の組長サン」
最後に聞こえたその言葉が、城ヶ崎伊犂來へ繋がった。
やっぱり何か、何か父と、城ヶ崎伊犂來は関係があるのだ、と。
しかし父はもういない。
父の首は、
(飛んだんだもんなぁ)
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