確かにここが分岐点だった

「丹星さんがおかしいんです」
「あ?」

同僚の秘書が突然訪ねてきた。本当に突然、確か冒頭の言葉は三十秒前に発せられた。訳が分からない、それは彼女も同じのようで。本当に困ったような顔と口ぶりでそう言葉を出したのだ。
何の根拠があってそう言うのか、そう聞こうと思ったが彼女は自分よりも何年も多く彼と過ごしてきたのだ。少しの変化も見逃さないのだろう、自分にもそう言った相手が居たのに忘れてしまったのか。

「何の根拠があっての話だ」
「コーヒー」
「あ?」

あの人、ブラックは絶対飲まないんです。
知るか、いくら同期とはいえ仕事場は別なのだ。確かに何度かすれ違い、短く話をすることはあってもプライベートでそんなことは知らない。ちなみに自分は甘党で砂糖をたくさん入れないと飲めない、いや、これこそ知るか、ってところだろう。

「今朝、芦さんに渡されたのをいつもみたいに飲めませんからって返さなかったんです」

いつもと違う返しに芦さんも驚いてました、と指を合わせながら話す。今日はそろそろ限界だ、とか、苦笑いが多かった気がする。それは彼女の思った感想で自分は知らない。知る由もないのだ、興味よりも仕事。それは彼にも言えることなのだろう。

「少しだけで良いんです、白須さん、あの人と話してみてください」

お願いしますと頭を下げる彼女に周りの目線が集まる。おい待てと声を掛けてもその信念は曲げるつもりが無いようで、微動だにしなかった。困った。これから新しく新人が入って来るのにと頭を掻くと、その腕に見えたのは腕時計。針は新人指導予定時間の十五分前を指している、困った。

「…これは仕方なく、だからな」

勘違いするなよ、と持っていた資料を渡す。この資料は新人指導の為の物だ、と彼女に言うとポカンとした顔で頭を上げた。

「夕飯の時間、必ず開けておくように伝えろ。それからこの後十一時半から新人指導だ、必ず会議室に行くように。新人の名前は小鳥遊和佳、男で捜査班。あいつと話す代わりの代償だ、お前からしっかり伝えるんだぞ、じゃあな。」

無理難題を押し付け仕事場へ戻る為に後ろを向く。その間も彼女は資料を持ったまま動かない、実に滑稽で可愛らしい。頼んだぞと声を掛けるとちょっと酷いですよと焦ったように大きな声を出した。三回くらいは力になってやろうと自分だけ決心して軽く手を振って早足でその場を離れた。

「とんでもない人に頼んじゃったな…」

どうしようもないままその資料を予定時間の二分前に渡したら、彼は酷く疲れた顔で肩を落とした。

(これがあなたの為になるのなら)


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