不自然な自然

「丹星さん嬉しそうですね」

啖呵を切ったのは伊犂來だった。黒く長く艶やかに伸びた髪をおさげにして揺らしながら隣を歩く。初めて会ったあの日とはもう違うのだ、自分も彼女も成長している。信頼出来るこの丁度良い距離感が、凄く好きだった。

「芦さんと久しぶりに話せたからかな」
「お邪魔してしまってすいませんでした…」

ただ少し気になるのは、今だに彼女は敬語を続けること。もう何年もの付き合いなのに、大切な存在だと思っているのは自分だけなのだろうか。それでも笑顔を多く見せてくれる、そんなような風にも思えるのは確かで今までずっと言えないでいた。これからもきっと言えない、言えなかった。

そんなことないよ仕事だからねと笑ったものの、疲れは取れていない。それは本当で間違いではなかった。たまに来る強烈な睡魔に、素直にブラックコーヒーを受け取っておくべきだったかと仕事漬けの毎日と自分の性格に反吐が出る。その間も彼女は心配そうにこちらを見上げる、本当、妹みたいだ。妹。

「伊犂來」
「はい」
「今日もよろしくね」

何と無く懐かしい気持ちと、締め付けられるような苦しい胸の痛みの答えはまだ思い出せていない。それでも彼女が僕を見上げて、それから微笑むこんな日々が愛しかったし本当に大好きだった。

「はい」

微笑む彼女の頭に左手を乗せてわしゃわしゃと髪を撫でると、少し困ったようにまた笑う。笑顔が一番だと、もう泣いて欲しくないとそう思っていたけれど。それはまた今度叶えられると良いな、もう会うことはないのかも知れないけれど。

「それじゃあ行こうか」

(これからの分岐点に。)

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