雲の隙間から覗く美しさに溺れて
(城ヶ崎、現在は父、母、娘の三人家族。)
(娘はまだ…)
こんなに幼い子を手にかけろと言う大人は残酷だ。しかし、大人は仕事に囚われている生物である。それはどうしようもなく愚かで馬鹿な行為であり、それでいて、どこか儚く美しいのだ。仕事に生き、仕事に死んだ父はそう口をうるさく言っていた。
何が美しいのだろう。
自分では到底理解出来ないと頭を掻く。ああ、今日もいい天気だ。空を仰ぐこと数回、今日は曇り気味だが、隙間から覗く太陽が暖かな光を放っている。
手袋をはめる、指紋が残らないように。
眼鏡をかける、顔の把握をしにくくするために。
いい天気だ。
それでも自分の頭と、身体と、それから考えと、それからそれから。
いつになったら自分は晴れる事が出来るのだろうか。晴れ間が覗く雲の隙間の先に、自分はなる事が出来るのだろうか。あの暖かな太陽に、暖かな光を放てる存在に。
「いい天気だ、本当に」
そして会社の扉を開く。
一歩踏み出した、もう、戻れない。
「本当、嫌な気分だ!」
目頭を押さえてスイッチを入れる。仕事モードは精神に負担が掛かるがどうこう言っている場合ではない。本当はこんな仕事御免、やりたくなんてないんだよ、父さん。こんな酷い仕事に貴方は死に、貴方は、美しく散っていけたというのですか。
両親を失ったあの頃の自分と同じくらいの年の、女の子。これから自分と同じ境遇に陥るその子に少なからず同情する。
ああ、もう何年も昔の話なのにこうして思い出してしまうのは何故だろうか。それなのに、今から自分はまた同じことを繰り返すのだ、と。内心それを苦く、渋い顔で自らを蔑みながら、電話をかける。
「もしもし、小鳥遊さんですか?ご無沙汰しています、芦です」
「もしもし、白須さん。お久しぶりです、芦です」
自分の中で、呪われたような存在になっている自分の名字を口にすると、受話器越しの相手の空気が変わるのが分かる。ピリピリを仕事モードになっているのだろう。
汚い、人間はなんて汚い、よごれているのだろうか。
(父さん、俺にはまだこの仕事の美しさなんて分からずじまいなんだ。)
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