掴めない、掴まれない

「背中、庇うみたいに歩いてるからどうしたのなかって」

笑顔の彼は、それはそれは見て分かる程に目が笑っていなかった。
澄んだ表面だけの瞳のその奥は濁って淀んだ、誰にも真意を見させないかのような、そんな重い瞳をしているように見える。

(どこでバレたんだろ…)

自然に引き攣る口角。
そんなことはないと言いたいのに、彼の目はそれを言わせてくれない。
蛇に睨まれた蛙とでも言おうか。
彼に本気で怒られた、あの孤児院の出来事がフラッシュバックして体が硬直して動かない。

「あ、いや…」
「しっかり教えてくれないと、分からないよ伊犂來」
「すみません…」

そしてフ、と彼が目を閉じて笑うとそれは緩むのだ。
とんだ魔法使いか、と安堵の息を漏らす。

「…この間資料室の棚を片付けていたらバランスを崩してしまって…、それで背中に資料が降ってきたんです。脚立に乗っていたので避けるに避けられないままそれが背中に雪崩れてきたって感じで…」

間違ったことは言っていないのだ。

(この…打ち込み不要の資料…)
(少し高い位置にあるし、誰にも頼めない…)
(脚立で、こうっ、おりゃ!)

と思いっきり引っ張るとバランスを崩して勢い良く資料のファイルが抜けてしまったのだ。
そしてそのまま資料を頭から全身に被り、防御性の低い秘書服の隙間から肌は切れ、といった感じだ。

実際に傷もある、が何で背中だけを彼は気にしたのか…
恐らく気付いているのだろう、しかしこれだけはまだ言えない。
誰の力も借りず、一度、一度でいいのだ。

(両親のことを知りたい)

唯一の手がかりであるあの手紙は、恐らく私の手の届かない所にある。
あの人が考えることは分からない。
それでも私は両親のことをしる必要があるのは確かであって、これは誰にも譲れないのだ。

今考えずとも不可解な死。
二人は何を隠し、何から自分を守ってくれたのか…

「…片付けじゃなくて、調べ物をしてたんです」

そして彼の目は光る。
私はそれを見逃さなかったが、それ以上彼は深入りしてこなかった。

「そっか、ごめんね無理矢理聞いちゃって」

と次に口を開いた時にはいつものように花を散らしながら彼は笑うのだ。
そしてまたその笑顔の裏に何が隠されているのかも知らずに私は資料室へと足を運ぶのだ。

「それじゃあ…お疲れ様です」
「お疲れ様、気をつけて」

何かに違和感を感じながら、私は。

(気をつけてね、誰かに見られてるかもしれないから。)


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