「ねむ「来ないで!」、」

彼女に初めて拒絶されたのは、少し開けた病室の扉から見えた赤い布団。
何時ものように座ったままの彼女の、ぐっと握った手の辺り。

「来栖瀬さん」

「子夢理ちゃん」
「すいません…」

何も謝ることはないのよ、と来栖瀬さんが声をかけてくれる。
初めてのことに頭が追いついていないことと、それから、それ以上に。
きっと彼女が何か言おうとしていることは、そのことなのでしょう。

「子夢理ちゃん、落ち着いたら」
「来栖瀬さん…」
「屋上でご飯食べに行こうか」

これが大人なんだろうなと思いながら、はい、と一言返してベッドを立った。

(チクリ)

お腹に鈍い痛みが走っている。
これが生理痛なのかと腕をお腹へ当て優しく撫でる。
飛ばない痛み、それから胸の痛み。

「まだ、謝れてないな…」

今はお昼ご飯を作っている時間だろうと枕を腹に乗せて押し付けてみる。

(あ、凄く眠れそう)
これは起きられる眠りだなと覚醒したままの頭で悟る。
何と無く扉が開く音を聞きながら、そして意識を手放した。

「…」
「あれ、猫村くん」

窓際のベッドで眠る女の子の傍に男の姿を見つける。
通りすがりでふと見かけたその影に、携帯を向ける。

「南瑠ちゃんから聞きましたっと」
「何も心配することはないのにね」
「二人とも下手くそなんだから」

静かな空間に響いたシャッター音を残してその場を離れた。

(何だ)
突然響いたその音に驚き、椅子から離れる。
ガタンとまた響いた空間に、別の声が聞こえた。

「子夢理」

大丈夫、まだ起きていない。
起きる時に必ず目をこするのを知っているから、君はまだ夢の中なのだろう。
きっと何て言おう言おうと考えてるんだろうから、今日は花屋に行って来た。
あの朝の出来事のあとに、こっそり。
誰にもバレていないはずだし、言う予定もないから、きっと、君にも知られることはないけど。

(花やると機嫌よくなるから)
それも知っている。
今日もう一つ知ったことは、あんな悲しい顔をすること。
君も一人の女の子だってことも。
それは再確認、だったけど。

「気にしてねーから早く起きろよ」

綺麗に伸びた柔らかい髪を撫でる。
それから病室を出るまでは少し長めの時間。
いつでも会えるのに、起きている君とはなかなか会えないから少し寂しい。
扉を閉めた音がまた響いた。

「子夢理ちゃんおはよう」

起きたんだ、と優しく微笑む来栖瀬さんに顔を向けられなかった。
どうしてかなんて理由は決まっているけれど、誰にも言うつもりはない。

(猫村さん)
どうしようもなく会いたくて、折角屋上で食べようと言ってくれた誘いも何と無く憂鬱で。

(本当最低な女の子なんだから…)
自分にため息を吐くと、まだお腹痛い?と心配してくれる優しさにまた一つ謝った。

「じゃあ行こうか」

屋上へ登るエレベーターの中で来栖瀬さんが微笑む。
大丈夫、誰にも言っていないし、彼も何も気にしてないよ。
屋上へ着いた時にそういい残して彼女は何処かへ消えた。

「え、どうすれば」

夏のさんさんと降り注ぐ日差しが眩しくて暑い。
そういえばいつのまにか一つにまとめられていた髪が、首になくて涼しい。
それを気にして後ろを見やるといつものあの仏頂面。

「猫村さ「飯食うぞ」ん」

実は全部聞こえてましたなんて言えるはずないままご飯を食べる。
それでもいつもと違う、お弁当の形になったお昼ご飯が凄く美味しい。

「俺は」

突然話出した猫村さんがどこか遠くを見つめながらおかずへ手を伸ばす。

「もっと我儘も文句も言ってくれて構わないと思ってるし、俺も言いたい」

そう言った猫村さんが凄く笑顔で、それから「子夢理ちゃんご飯出来たよ」

それが夢だって気付いた。
けど、これからご飯で私の見た夢が本当になるなら…

「おはようございます!」

お誘いの言葉だって今は憂鬱なんかにはならないんだ。
痛んだお腹も今は気にならないよ、ね、猫村さん。

「(子夢理を支えたいんだ)」

夢でも、好きでした



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