(十分なのにな)

幸せそうな顔をして眠る九重に上着を掛け、そっと立ち上がる。
まだ知らない綴じられた過去を九重が知れば何を思うのか。
言えもしないくせして格好つける俺を、それでも彼は支え続けるのだろう。

「今はまだいいんだろうなー、これで」

俺と九重の出会いは俺が四つの頃。
血依の説明をされたところで、意味も分からなかった俺は何故かそれを頑なに拒んだ。
一つ分かっていたことが、血依を受ければ人で無くなるということ。

(それがどうしようもなく恐ろしかったのだろう)

九尾を受け付いだ九重以外に、兄弟は三匹いた。
強い力を得ていたが、自我を力にねじ伏せられ失った哀れ悲しき堕狐へと変わった。
この責任は親が負うとはこのことだと、八重は三匹を涙ながらに食い破り、最後の九尾としての役を終えた。
そして今は母さんの側に着き、護衛の妖狐へとなっている。

(頭がこんがらがる話だよな、本当に)

残された九重と、次期党首になるであろう俺は血依をしなければいけなかった。
御子柴は九尾、妖狐と共に生きてきた家系。
どちらか欠けては成り立たない為、それを失わない為に、そして力を得る為に、それを始めたのが発端だった。

当時俺は九重の発する鳴声も、言葉として受け取れずただ好き勝手に不貞腐れていた。
別件で母様に叱られ飛び出した家を振り向きもせず、走った先は裏の迷いの森。

暗く何もない木の道を、当てもなく何処へ向かうでもなく歩き続ける。
からかう様に飛ばす火の玉に、一つ一つ敏感に驚く俺を楽しげに笑う森の妖狐。
飛ばした一つが後ろの木に当たり、炎で森を包み出した。

逃げ消える妖狐に成す術もなく立往生する俺を、後悔が襲った。
泣き出した俺の後ろの炎から飛び出した九重に、驚きと申し訳なさと、それからあれは何の感情だったのだろうか。

"阿須和様、貴方をお迎えに上がりました 早う此処から逃げな 貴方も僕も、いいえ、貴方が助かりません"

真っ直ぐな鬼灯色の瞳が頭に語りかけてくる。
恐らくこの時から彼の瞳は言葉を発するようになったのだろう。
血依でも心は読めない、それは彼には教えていないが今それを、彼が力を持っていると知れば…
離れて行ってしまうのではないかと。
有りもしないことを思ってしまっているのは本当だ。

そしてグイグイと引っ張る九重に心動かされ、歩み始めた俺を彼は本当に嬉しそうに微笑んだ。
必ず此処から助け出しますと、どうして血依を嫌がり彼に力を与えてくれない相手にここまで。
零れ落ちそうな涙をこっそり拭い、泣くまいと拳を握った。

「それから前を歩くお前がだんだん弱るのに気付いたんだっけか」

前を歩く九重は炎を俺に着けない為に、少ない小さな力を全て注いでいた。
九尾は自然を操れるのだと教えられ、しかし力は永遠ではない。
生命を失えば力は無くなる。
ごく当たり前だが、九重はそれすら捨てていた。

『九重、お前死ぬ気か!』
"阿須和様さえ助かれば問題ありまへん"

黄金が燃え黒に染まるその毛並みに怒りを感じていた。
そして先に炎の回っていない川が見えた。
後ろから倒れ来る燃えた大木に、失うものかと手首に犬歯を突き立てた。
火傷から流れる九重の血を拭い取りそして口へ含む。
燃えるような熱いそれを飲むことは本当に地獄だったのを覚えている。
驚く九重の鼻先を掴み手首を口へ押し込む。

「小さくなるお前の生命が見えて自分が情けなかったよ」

生憎俺は何処からか知らないが大きな力を持っていたから、濃い血で九重を救いたかった。
そして突然燃え出す九重の身体を母さんに言われた通り目の呪符で抑え込んだ。
そして外へ九重と共に逃げ出したのは、俺が森へ駆けてから二時間後だった。

(支離滅裂、意味不明)
「でも本当の話なんだよな、九重」

そこから九重は俺の大切な兄弟なのだろう。
撫で終えた俺の手に擦り寄る九重に、どうしてもあの時堪えた涙が抑えられなくて一つ零した。



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