(なんだろう)

どうして殴られた後に自分の右手は勝手に動く
気持ち良い、そう思った後にもっと、と身体が熱くなる
しかし熱の篭った目を上へ向けると既に男は倒れているのだ

「っんでだよ!」

中途半端に火照った身体にもう少しだけ、とポケットからカッターを取り出す

ぐちゃり

傷跡が残らない、丁度良い深さ
ぐるりと抉るのはしない約束
手首のリストバンドをずるっと動かして刃をあてがう

この瞬間が
どうにもたまらない

滲み出る赤と食い込んで溢れ出る赤が少し灼けた肌を滑り落ちる
落ちた赤は横たわる男の頬に伸びた

「あっ、ごめんなさい」

他人の血が身体につくのはどうも気持ちが悪い、そう思ってもう片方のポケットからティッシュを取り出す
赤を吸ったティッシュをついでにと左手首に押し付ける

「また弄んで貰えるかな…」

警察にでも見つかったら大変だとその路地裏を後にして家路に着く
今にでも走ってしまいそうな足を平手打ちする

喧嘩に誘われる事が多い
普通だったら逃げたくなる人が大半だと思う
だけど俺は、むしろ喧嘩するなら俺を一方的に殴って欲しい
そう思うのだ

「いつからだっけ」
「欲に忠実になったの」

家の扉を閉めて靴を脱ぎ散らかす
ポケットからカッターとティッシュを机に置いてアルコールティッシュを一枚
少し血の残ったカッター刃にアルコールティッシュを押し付けて、拭う

「…全然足りない」

仮にでも専門学生
周りには友人もいる
手首に傷をつけられる範囲はリストバンドの長さの間だけ
目指す仕事は指先が命
安易には壊せない

痛いものが欲しい
身体をボロボロにしてほしい

誰か
自分以外の
他の人に

どうせなら好きな人に
愛があっても無くても良い
自分が好きになった相手に無下に扱われたい

「それがいないから足りないのか」
「それより」

「まず出会えていないから」

(この欲求が満たされないのか)

でもお預けを食らっているようなこの時間の中でさえ、どうしようもなく身体が熱く疼くものだから仕方がない

利き手が素早く動いて白が散った

(こんなんじゃ)
(満たされない)



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