部屋から飛び出してきたキバに、痛いくらいの力で腕を引かれる。のん気にひらひらと手を振るヒロイン1を軽く睨みつけてやった。
引かれるがままに足を動かすと、バルコニーのような場所に辿り着く。さすがに夜は、少し風が冷たい。


「急にどうしたんだよ!?」


わたしの目の前に立つキバの目は、漫画のようにきらきらと輝いてるように見えた。が、残念ながら彼を期待させるような理由は併せ持っていない。


「べ、つに…訳あって追い出されただけ」
「訳ってなんだよ?」


そう問う彼の視線は、相変わらず真っ直ぐだ。
さっきちょっと冷たい態度をとったことを気にしてたらサクラといのに追い出された、なんて言ったら確実に彼が調子に乗るのが目に見えるし、何よりそんなことを素直に言える心をまだ持ち合わせていなかった。


「それは…キバには関係ないでしょ」
「…何だよその言い方、俺に関係あんのか?」


わたしが墓穴を掘ったのか、それとも彼の勘が鋭いのか。じわりと手に汗が滲む。


「関係ないって言ってるでしょ!」
「じゃあ何だよ!?」
「…っ、」
「それにお前、いちいち怒りすぎ」


怒ってるんじゃない、気持ちと言葉が裏腹に出てしまうんだ。キバの言葉に思わず俯くと、少しだけ目頭が熱くなる。


「…」
「正直に言えよ?」


今すぐにでも逃げ出したかった。
しかし残念ながらわたしの背中には壁。彼の腕によって完全に閉じ込められている状態だ。
素直に言えばいい、ただそれだけのことなのに言葉に詰まり何も言えない。ふと顔を上げれば、今までにないくらい近くにある彼の顔。驚いて少し目を見開けば、ニヤリと彼が微笑む。


「おれに会いたくなっちゃった?」


その誇らしげな表情と言葉に、思わず服を掴みぐらぐらと彼の体を揺らした。


「ばっ…ばか言わないでよ!」
「照れんなって!」


ぐらぐら、揺らされながらも彼は笑顔だ。あぁもう、きっと彼は勘違いしてる。会いたいから会いに行ったって思ってる。恥ずかし過ぎて顔が燃えそうなくらい熱い。


「ばかっ!!」


どんどん熱を帯びる頬を見られるのが恥ずかしくて、思わず彼の胸に思い切り頭突きついでに顔を埋める。
その瞬間、ふわりと彼の腕に包まれ全身に鳥肌が立つ。悪い意味ではなくて、良い意味で。


「そういや、さっきさ」


にやり、わたしの顔を見て微笑む。今度はどんな意地悪言うんだろうと思わず眉を顰めた。


「なに…?」
「おれ、寝てると思った?」
「!?」


さっき、とは多分わたしが一人で部屋を出たときの事だろう。そのにやりとする表情から、彼はきっと気付いていたんだ。わたしが彼の頬にキスをしたことを。


「お前、おれに」
「っ…!!!!」


気付いてたのがわかった上に、それを更に言葉に出そうとするなんて。何て羞恥プレイなんだと彼の腕の間から逃げ出そうとするが、もちろん彼は許さない。
抱きしめられてる腕に更に力を込められ、いっそこのまま砕け死んでしまいたいとも思う。


「逃がさねぇよ?」
「ひぁ…、」


耳元で囁かれる言葉に、思わず変な声が出た。自分でも誰だと思うくらい女らしい声で、何だか気持ち悪い。


「何だよ、可愛い反応すんじゃねーか」
「な…っ、ばかじゃないの本当!離してばか!」
「お前ばかしか言わねーな」
「そんなことないし!ばか!」
「ほら、また言った」


からかうように笑う彼の腕の中で必死にもがく。素直にならなきゃ、と心に決めたばかりなのにどうしてこんななのだろう。
消えてしまえばいいのに、わたし。


「…ご、」
「ん?」
「ごめん、ね」


言えた。ほんのちょっとだけだけど。わたしにしては一歩前進なんじゃないか。


「何がだよ?」


そしてまたからかうように笑う彼。もう完全に遊ばれてる。


「…思ってない」
「?」
「ばかって、思ってない」
「はは、」


今度は優しく笑って髪を撫でる。
少しは伝えられたんだろうか。恥ずかしさと緊張で軽く涙目になりながらも、その優しく撫でる掌の主に身を委ねる。


「嬉しかったぜ、ほっぺにしてくれて」


また掘り返された話に頬が熱くなる。それと同時に、わたしの肩を掴んだ彼の手によって少しだけ体が離される。
何だろう、と彼の顔を見上げたら、何だかいつもより男らしく見えた。


「お返し」


ニッと笑ったと思えば、彼の唇がわたしのそれに重なった。
ふわりとした初めての感覚に驚きを隠せず、体中がサウナに入った時のような感覚に陥る。夜風で少し冷えていた手先でさえ、熱を帯びて熱い。


「部屋、帰るか」
「…うん、」

気まずさを晴らすためか、いつもより言葉の多いキバ。大袈裟な動作でわたしを笑わそうとしたり、そんな彼がひどく愛しく思えた。
言葉は多くとも視線を合わす回数は心なしか少くて。それでも二人の気持ちが通じ合ってるのは、この繋がれた手が証明しているんだろう。

部屋の前まで戻ると、じゃあなとまた髪を撫でられた。

自分が髪を撫でられるのが好きだなんて、彼にされて初めて知ったんだ。