キバがヒロイン2の元へと走り去ってから数分。頑張ると言ったものの、どうしたものかと未だに頭を抱えたままうんうん唸ることしか出来ない自分が情けない。この旅行が想いを伝えられる最後のチャンスなのに。とりあえず身体も冷えてきちゃったし部屋戻ろうかな…。そう思い顔を上げた瞬間。この廊下の突き当たり、T字で交わるその廊下を横切るように歩く人物に目を見張る。


「シカマル…!」


思わず名前を呼んでしまい、慌てて両手で口を押さえたが時既に遅し。声に気付いたシカマルがこちらへと歩いてきた。


「こんなとこで何してんだよ」


ぎゃぁあ何で呼んじゃったのわたし!?何て返せばいいの!?!?


「えと、あの…」
「つか、髪くらい乾かせっつうの」


風邪引くぞ。わたしの髪を見たシカマルの、呆れたように笑うその笑顔にどうしようもなく胸が騒いだ。忘れてたと笑って返せば、「しょうがねぇな、ついて来いよ」と歩き出す。連れてこられたのは男湯の脱衣所前。そして、ちょっと待ってろと中に入っていくシカマル。その背中を見ながら湿った自分の髪にそっと触れてみる。ひんやり冷たいそれは火照った頬には心地よく感じられた。

程なくして脱衣所ののれんがめくられたかと思うと何かがわたしの顔めがけて飛んできた。すぐにタオルだとわかったものの、視界が覆われたことに驚いてわたわたとタオルを外せないでいると突然目の前が少しだけ明るくなった。タオルがめくられたらしい。そして、視界に入るシカマルのどアップ。


「っ!(近ぁッ!)」


あまりの近さにビビって一歩さがったら後ろの壁に頭を強打した。痛いし、カッコ悪すぎる…。


「お前、ビビりすぎ」
「わ…っ」


再び目元までタオルが下げられたかと思うと、タオル越しにシカマルの手が動いているのがわかる。わしゃわしゃわしゃわしゃ。………。これは、髪を、拭いてくれている……?

人に髪を拭いてもらうなんて何年ぶりだろう。しかもその相手がシカマルだなんて…何だか気恥ずかしくて、胸の奥が擽ったい。どんな表情で、どんな気持ちでわたしの髪を拭いているんだろう?


「……、…」


――あぁ、どうしよう。
シカマルが好き、大好き。じわじわとこみ上げてくる感情は今にも溢れ出してしまいそうで、閉じた瞼にも、自分の浴衣を握り締める手にもぐっと力がこもる。

…今なら、言えそうな気がする。

っていうより今、言いたい。



「―――、…すき…」



消えてしまいそうな、本当に小さな声だったけど彼にはちゃんと聞こえたらしい。その証拠にぴたりとシカマルの手の動きが止まった。堅く目を閉じたまま反応を待つ。心臓はばくばくして今にも壊れてしまいそうだ。


「だって、お前はキバのことが…」


耳に届いたのは控えめに呟かれたそんな言葉。驚いて被っていたタオルを頭から引きずり降ろすとシカマルも同じような顔をしていた。


「何でキバ!?」

「何でって、そう見えたから」


さっきだって2人で抜け出してこそこそと何かしてたみたいだしよ。と、目を逸らされてしまった。それに反論しようとしたけど、あの話をすればキバのヒロイン2への気持ちもバレてしまう。友達だから知ってるかもだけど、保証はない。下手なことは言えなかった。


「確かにキバとは気が合うっていうか似たもの同士っていうか、一緒にいると楽しいけど…でもわたしが好きなのは、」

「それってキバが好きって言ってるようにしか聞こえねーんだけど」

「ちが…!」


再びぶつかる視線。今までに見たこともないような目に何も言えなくなる。


「別にお前がキバのこと好きでもいいんだけどな」


タオルを握り締める手に力が籠もる。言葉が出ないならせめて視線でこの気持ちが伝わらないかとシカマルの目を見つめ返した。こういう場面で泣くなんてずるいと思うのに、意に反して視界はぼんやり滲み始める。


「お前がアイツのこと好きだとしてもおれははお前が好きだし」


さらり、放たれた言葉に思考が止まる。
シカマルが、わたしをすき…?


「…先部屋もどるわ」


目を伏せながらわたしに背中を向けるとシカマルはゆっくり歩き出した。わたしはシカマルが好き。シカマルもわたしを好き。つまりそれは―――

止まった思考は今度はぐるぐると回り出してわたしを混乱させる。気付けば遠ざかる背中を追いかけて、その浴衣を掴んでいた。


「何だよ」

「…やだ……」


やっとのことで絞り出した言葉は酷く幼稚なもので。こんな形ですれ違ったまま終わってしまうのがただただ嫌だった。


「何が」

「やだ…!」

「だから何が、…―――っ」


求めた答えが答えになっておらず、苛立った様子のシカマルはようやくこっちを向いてくれた。縋るようにシカマルの浴衣を掴んで、少しはだけたその胸元にこつんと額をぶつける。


「どうしたら、信じてくれるの?……ずびっ…シカマルみた、いに頭、良くないから…ぐすっ……わかんない…っ」


ようやく紡いだ言葉は涙でぐしゃぐしゃになってしまった。きっと顔だって見れたもんじゃない。それでも今じゃなきゃ意味がないから。


「…、――悪かった」

「…え…?」


トンと背中を押されてシカマルとの距離が縮まる。同時に降ってきた謝罪の言葉。その言葉の意味がいまいちわからず顔を上げようとしたがそれはシカマルの手によって阻止された。


「?」

「お前があんまりキバのこと誉めるから…」


ぽんぽんと子供をあやすように背中をたたかれると再び涙は溢れ出して頬を濡らす。泣き止めよ、なんて優しい声も今は逆効果でしかない。


「う〜…シカマ゛ルのやきも゛ちやきぃ…っ」
「だから、悪かったって」


みんなの所へ戻るのにはもう少し時間がかかりそうだ。