「お前が好きだ。だから…」
「キ…ッド?」
「俺の女になれ」
「キッド、わたしも…―」


ゴッ

………夢か。
せっかく幸せな世界にいれたのに、気付けばそこは逆さに映る船室だった。どうやらベッドから落ちたらしい。
ずるりと半分ベッドに乗っかったままの身体を引きずり降ろし、ぼんやり扉を見つめる。ああ、本当にキッドがそんな風に言ってくれたらどんなに幸せなんだろう。重い腰をあげて扉を開けば、目の前に飛び込んできたのはその当の本人、キッドの顔。


「ぅわっ!!」
「いつまで寝てる気だテメェは」
「目が覚めるまで」
「テメェが起きねェとこの船の飯は誰が作る?」
「キッドが作れば」
「テメェの仕事だろうが」


あーあー、起きたそばから柄の悪い奴に絡まれてしまった。さっきまではあーんなに優しい顔で抱き締めてくれたのに。そんな彼はどこへやら。
あ、そうか。あれは夢だったんだっけ。


「あ、そうか」
「あ゛ぁ?」


ダメだ。この人ってばお腹が空きすぎて気が立ってるらしい。じり、と少し物怖じしながらもキッドから目は逸らさない。でもきっと、わたしの勘が当たってれば、わたしとキッドは…―


「さっきキッドの夢見た」
「気持ち悪ィ。脳味噌イっちまってんじゃねェか」
「俺の女になれって言ったんだよーキッド」
「んな…ッ!!!俺ァそんなこと言った覚えねェ!!!」
「だから夢だって言ってんじゃん」


わたしに背を向けたままだったキッドはものすごい勢いでこっちを振り向いた。と思ったら、わたしの言葉を聞くと同時に顔を隠すかのようにまたわたしに背を向ける。


「ユースタス屋ぁ」
「その言い方やめろブッ殺す」
「もっかい言ってー」
「何を」
「好きって言ってー?」


キッチンに向かいながら、やっぱり夢じゃなくて現実で言ってもらいたいなんて贅沢なわたしが出てきて。ぐいっと腕を引いてこっちを向かせたら、怪訝そうな顔で見下ろされる。
決めたぞ。今日こそ言ってもらわなきゃ。もうキッドの気持ちはとっくの前に、わたし以外の船員だってわかっちゃってるんだから。



「言って」
「言うかボケ」
「ボケじゃなくて好きって言えー」
「いいからテメーはさっさと飯作りやがれ」


掴んだままの腕を振り払ってキッチンに行こうとするキッドを離すまいと腕にしがみつくと、キッドの眉間の皺はますます深くなった。でもだめ、わたしは諦めが悪いことで有名だし、あんな夢も見ちゃったし。


「離せっつんだコラ」
「い や だ。言ってバカ」
「バカだとテメェ!!」
「はーやーくー」
「離せこのクソ女!」
「嫌だって言ってんでしょクソキャプテン!」


ぎりぎりと歯を噛みしめキッドを睨みつける。
好きだ、って。俺の女になれ、って。夢の中でのキッドはあんなに素直なのにどうして現実のキッドはこんなに強情っぱりなんだ。素直になれ!


「メシ」
「すき」
「何なんだよ」
「言ってくんなきゃ離さない」
「チッ…」
「はい、早く言ってー」
「…す、」
「す?」
「やっぱ言わねェ」
「あっ!あとちょっとなのに!!」


たった一文字聞いて一瞬力が緩んだ隙に、わたしを思い切り振り落としたキッドはどんどんと大きな足音を立てながら再びキッチンに向かった。
あとちょっと、あと一文字だったのに。


次こそ絶対言わせてやる、そう決めてキッドの背中に飛びついた。






(わたしのこと嫌いなの?)
(嫌いではねェ)
(じゃあ好きなんじゃん)
(いい加減黙れ)


◎企画/絶対振り向かせてみせる!様に提出

2010.08.22 kai.



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