小さな輪【後編】(東条秀明)

俺は去年の秋頃に見ていた。
あのガリ勉真面目堅物のみょうじさんが、真っ赤な顔で信二の肩をグーでバンバン叩いているところを。

信二は「痛ってえなッ!」となんともらしいことを言っていたのだけれど、その顔は目つきの悪めな信二にしては珍しいくらいに柔らかい表情と目をしていて。二人の関係に少し気になったりもしたけれどなんとなく聞かなかった。

今のみょうじさんを見ていると、あの時のことが本当に夢だったんじゃないかって思えてしまう。いやだってすっごい睨み効かせてるもん。なまはげも真っ青なくらい。

するとルーズリーフから目を離したみょうじさんは俺に目を向けてきた。
さっきの鬼の形相がそこそこ嘘だと思えるくらいには目つきが柔らかくなっていた。

「東条くん、私の前の人の席座ってなよ。この人絶対休み時間ギリギリまで帰ってこないから」

「ん? じゃあお言葉に甘えて……」

いきなりで驚いた。本当に驚いた。出さないように努めていたけれど驚いた。
でも、彼女が気を使ってくれることに対しても驚いた。うるさいってさっきは言ってたのに。

俺はその椅子に腰をかけると、信二たちの話に加わるように身を乗り出すと。
信二は急に笑い出して、俺を見ながら親指でみょうじさんを指差した。

「知ってっか? コイツ、中学んの時俺に『東条くんと友達になりたい』って相談しにきたんだぜ?」

「……え?」
「ちょっ……!! かねまッ……!!」

がたりと大きな音を立てて席を立つみょうじさん。
上から信二の頭に掴みかかろうとしているけれど、その腕を信二は抑え込んでニヤニヤしてる。え、なにこれ。
沢村たち三人も「へえー」って不思議そうにそれを見ていて、その三人の反応を見てみょうじさんはそちらにも腕を回そうとする。
でもそれよりもずっと信二の力の方が強いみたいで、彼女の腕が小さく痙攣した。

彼女はもう敵わないと思ったのか静かに腕を下げて席につく。
その顔はあの秋の日のように耳まで真っ赤で、口を尖らせていた。

「……羨ましかっただけ。人に囲まれて笑顔でいられる東条くんが」

今思うと沢村もそこそこ羨ましいんだけど。ぼそりと補足する彼女に、沢村は目を丸くした。マジかっ!

「私なんか全然来ないんだもん。小さいころ、自分から行っても避けられたし」

だから私は一人で勉強するしかなかった。元々頭も全然良くないし。そしたらさらに人なんて寄ってこなくなった。邪魔しちゃ悪いねって。

「中学二年くらいまではそれでよかった。自分のことに集中できるし。でも、やっぱり少し寂しかった。そして羨ましかったの。勝手に人が集まって気づいたら人の輪の中心にいる東条くんが」

だから唯一普通に喋れる金丸に相談したのにさ、金丸はすっごい馬鹿にしてくるんだもん。『なんだよそのくらい。自分で話しかければいいじゃねーか』って。舐めてるよね。

「周りの人たちが"うわっ、なんだよこの地味女。でしゃばってんじゃねーよ"って感じの空気出されるのが怖いの。自分が行くことで空気が冷めることが怖いのに」

「うん、それは信二が悪い」

俺は即座に納得した。だめだコイツ、実際デリカシーってもんがないんじゃないの?
んなっ……って鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるけど無駄だよ、信二。

「今だって、私のせいで空気冷めちゃってるでしょ?」

そう言って椅子の上に体育座りになりながら後ろを向く。

「私がこんな話しちゃったせいで空気重たい。盛り上がれないでしょ?」

みょうじさんは一向にこちらを見ようとしない。罪悪感を感じている声だ。
でも、みょうじさんは気にしなくていいよ。

「大丈夫。この空気にしたのは話を切り出した信二のせいだから」
「……おう」

ごめんな。ううん、平気。互いに声を掛け合って仲直りはできたようで安心。

「でもさ、実際みょうじさんは今俺らの中にいるわけだからさ。入れてんじゃん、人の輪」
「でもそれは東条くんといるから……」

「俺と友達になりたいんでしょ?」

少し意地悪したかな。みるみる顔が紅潮していくみょうじさん。
耳まで残らずしっかり染め上がったところで彼女は小さく頷いた。

「友達なんてさ、なりたくてなるもんじゃないよ」

彼女のその表情の変化とか、行動とかがおもしろくてつい笑いがこぼれる。
なんだ、普通にいい人じゃん。普通におもしろいひとじゃん。

みょうじさんはクスリと笑った。「やっぱり東条くんはすごい」

「一気に空気、変えてくれた」

黒淵眼鏡の奥が、桜の花のように柔らかかった。


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