七月一日(降谷暁)

暑すぎる。

昼間、私はその言葉を何度こぼしたことか。
七月に入っても終わらない湿気の多さに苛立ちが止まらない。

野球部のマネージャーを目指してわざわざ寮で生活している私は、一人部屋で裁縫をしていた。

七月に入ったばかりーーそう、今日から七月だ。今日は七月一日。同学年の怪物君こと、降谷くんの誕生日である。

降谷くんはぼんやりと毎日を過ごしているけれど、一度ユニホームに腕を通せば顔つきが変わる。あの人のそんなところを見て、個人的なファンになった女子も少なくないのだという。ギャップ萌というらしい(ギャップ萌の意味がよくわからないが)。

手元にある真っ白なもふもふの塊は、手作りのシロクマだ。
某ゲームの少し鼻水が垂れているーー進化するとその鼻水が凍って、いかつくなるらしいーー小さなぬいぐるみのようなクマのキャラクターに少し似せた。

「ーーよし、完成」

あとはラッピングの袋に丁寧に入れて、青色のリボンで綺麗に結ぶだけだ。ああ、メッセージカードも一緒にいれておかないと。

心のどこかで楽しんでいる。見たらどんな反応してくれるのかな、早く渡したい。
キュッと結んだリボンの先に一枚紙をくっつける。"降谷暁さま"。

「うん、上出来じゃん」

真っ白なクマにはチェーン付き。キーホルダーにしてある。
明日学校に来たときにカバンにつけてくれていると嬉しいーーなんて。

彼へのプレゼントの渡し方。
簡単です、彼の部屋の扉につけておけばいい。
同室の先輩が見つけても別に構わないもんね。彼が冷やかされる様子も見てみたい気もするから。

でも、それはさすがに可哀想過ぎるのでしっかりと私の名前も書いておく。
彼への祝福の気持ちが届いていたらそれでいい。ーーよし、じゃあ行こう。

戸を開けるとモワッと湿った風が私を包み込んだ。本当にこの空気だけは馴れない。
人工的な灯りだけが足元を照らす。うっわ、室内練習場からの熱気がヤバい。

選手達が頑張っている証拠だけれども、クラクラしてしまう。
嬉しいことで、私も頑張ろうと思うのだけれども……クラクラしてしまう。

しかし、この時間帯ならばきっと彼はそこにいるはずーーと思って練習場を覗いた。
ブウン、ブウン、何本ものバットが空を切っている。しかし、その中に彼の存在はない。

……ああ、グラウンドか。そうだよね、きっと今頃だったらノリ先輩とか沢村くんとかと走っているか。

グラウンドへ回れ右。少し駆け足で行ってみればーーおお、大正解。
沢村くんの声っぽいのが聞こえるなーとは思っていたけれど。いたいた、良かった。

全力で沢村くんと張り合う降谷くんの存在を確認してから、私は元の道を戻る。
今のうちにプレゼントを置いてこないと。自然と駆け足になった。

寮で生活をしている人は多くないが、寮自体はそこまで広くない。
彼の部屋につくまで、そこまで時間を要さない。

ーー彼の部屋の前に立ったはいいものの。

どこに置くか、計画なしで私は来てしまったらしい。
唯一置くことが出来るのはドアノブくらい。しかし、掛けておけるほどリボンも長くない。さて、どうしたものか。

「ハァ……」
「……なに、してるの」

声がした。うそ、するはずないのに。
過剰に飛び上がる心臓と肩を押さえつけながら声の方を向く。そこには年が一つ上がった彼の姿があった。

「ひゃッ!?」
「そこまで驚かなくても……みょうじさん、なにしてるの」

咄嗟にプレゼントを隠してしまう。ああ、なんで今隠しちゃうの。普通に渡せば良かったじゃない。
しかし、彼も目敏い。それを見逃してくれるワケなんてなかった。なに隠してるの、といつもの落ち着いた低音ボイスで問うと、そのままこちらにーーって、え、ちょっ!?

一歩私が後退すると、彼はそのまま何倍もの歩数を歩み寄ってきた。足、長いッ。
なんて間抜けなことも考えている余裕もなく。彼の手が素早く私の背中へ回ってきた。

私はそれから逃げるように必死に手を動かし、彼との距離を取ろうとする。だが、彼もそれに容易く対応してくる。私が逃げれば彼も来る。腕が逃げれば追いかけてくる。

一歩も引かない攻防戦。私はそれが少し楽しくなってしまってまた一歩、後ろへ逃げる。
ーーが、そこには先客がいた。

「あっ……」

背中に感じた何かに驚き。思考回路が止まると同時に腕も止まる。
贈り物を持った手首を捕まれ、背中には彼の大きな手。

視線を少し後ろへ持っていって見ると、そこにはドア。そのすぐ手前に彼の手があった。

ーー逃げ道なんてなかったんだ。

そう思った刹那、声が降ってきた。ねえ。

「なにこれ……プレゼント?」
「ぅあっ、そう、うん。お誕生日、おめでとう降谷くん」

一瞬、声が裏返った気がした。捕まれていた手首が離されて、私はその手に贈り物を掴ませた。

先ほどのがあってまだ心臓はうるさいけれども、私は必死に笑顔を繕う。
祝福しているのは変わらない。私にとっても、友人の誕生日は嬉しいことだから。

ーードクンッ。

一瞬で笑顔が消えた。心臓が大きく高鳴った。
身体は前に引かれ、彼の胸元へ。背中が押されたのだ。

背中にある彼の手は大きくて、やさしい。プレゼントを持った手も、気づいたら背中に回されていた。

「……ありがとう」

低音ボイスが耳元で囁かれる。汗の匂いと彼から発せられる熱が、さらに私を熱くさせた。声はどこか寂しく、すがるように弱い声だった。

今、彼に問いたい。

「……期待、していいの?」
「……うん」

やさしく包み込んでくれる熱気。
七月のこの時期も、嫌いにはなれないね。


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