友人Aからの日直日誌(沢村栄純)

なぜ俺はこんなことになっているのだろう。
別になにも悪いことはしていないはずだ。
しかし、神は俺の敵となった。この瞬間で、だ。

「ごめん沢村、俺今日は早く帰らないとだから」

そう言って渡された日誌。
日直の友人Aは机の上の鞄をひったくるように持って教室を出て行った。

しばしの沈黙。

少しずつだけどカメラがフェードアウトしていくのがわかる。(いや、あくまで気分の問題なんだが……)

ーークッ

「ソォォォォォーー」
「ぉひゃぁぁぁぁぁっ!!」

「うおッ!?」

突如俺の声を受け継ぐかのように発せられた悲鳴。
悲鳴のした扉を見ると、そこには色素の薄い髪を持つすごく小さい少女が立っていた。

そういえば、水泳部の友達もあんな髪色になってたなぁなんて間抜けなことを考える。

「さささ、沢村くん……。どうしたの?」
「ん、ああ、日直日誌を頼まれちまってな……」

しどろもどろなそいつと同じように、俺も自然としどろもどろになっちまう。

「みょうじはなんだ? 委員会か?」
「う、うん。少しね」

みょうじなまえは俺のクラスの学級委員だ。
去年はクラスこそは違ったけれど、学級委員でよく人前に出ることもあったため名前と顔は一致している。確か降谷や春っちと同じクラスだったんだっけ。

今年同じクラスになってまともに話したことはなかったな。今が初めてか。

「沢村くん大変だね。だれだっけ、今日の日直……」

黒板に目をやるみょうじ。
首を振るたびに揺れる肩上のふわふわな髪。赤く縁取られている眼鏡。
降谷がかわいいと言ったのもわかる気がしないでもない。

『うちの学級委員のみょうじさんがさ……なんか……すごい小さくてかわいい……』

と言いながら白いテディベアを見せてくれたのはいい思い出だ。

「本当、アイツがこれを押し付けなければ今頃俺はもう練習にとりかかっているのに……」
「……本当に野球好きだよね。降谷くんもだけど」

そう言いながらみょうじは俺の前の席に腰掛ける。委員会新聞の原稿を取り出しながら。
彼女は原稿を少しの間眺めながら、壁の時計に目をやる。
そしてまた原稿に目が戻ったと思うと、口をひらいた。

「ねえ、沢村くん」
「んぁ?」

真面目な目で俺の書いていた日直日誌を取り上げる。
そしてそれを見ると「字、きったない」と小さく笑った。あ、今なんか来た。

ドクンって、来た。

みょうじはそのままそれを新聞原稿の隣においた。

「沢村くん、部活行きな? これ、私がやっておくから」
「なっ!? い、いいよ! ただでさえお前仕事あるんだから!」

これ、俺の仕事だから!
そう俺が言っても、みょうじは日誌を離そうとはせずに笑いながら首を横に振る。
マロンクリームのような髪が揺れる。やばい、なんかかわいいかも。

「見たところすぐ終わりそうだし、この日誌。私の仕事だってあと少しだからいいの」
「で、でも! 悪いし! 俺が引き受けた仕事だから!」

やってもらってしまう罪悪感。
毎日毎日みょうじが仕事を一生懸命やっているのは知ってる。
だからこそ、少しは休んでもらいたい。俺のせいで仕事を増やしてしまいたくない。

しかし俺のこの硬い硬い意志も一瞬で崩れてしまう言葉を、彼女は知っていた。

「こうしている間にも、降谷くんは練習してるよ」

「ぐっ……あああっ!」

「ほら、降谷くんボール投げてる。どんどんうまくなってっちゃうね」

「うおああっ! クソッ!! 俺はどうすればぁぁ……」

「だからその日誌を私に渡しなさい? 練習、行っておいで」

天使のような笑顔で言わないでいただきたい。本当にその気になってしまう。
しかし、教室から見える野球部の活動に俺は今すぐにでも混ざりたい。
しかししかし、みょうじにこれ以上仕事を渡したくない。

椅子に座りながら悶絶する俺。
頭を抱える俺の手を、柔らかいなにかが包み込んだ。


「私、沢村くんを応援したい」


時が、止まった、ように、感じた。


みょうじは席を立って、俺の左手を両手で優しく包み込んでいる。
上を向くと、そこにはみょうじの丸い色素の薄めの目。
赤い眼鏡の奥で微笑んでいる、やさしいやさしい目。

その目に映る、目を丸くする俺。なんて間抜けな顔だろう。

俺よりもずっと小さい彼女が、俺よりも高いところにいるなんて滅多に無い。
手から流れこんでくる温もりが、身体中を駆け巡ってより強い熱を持って顔にたどり着く。

あ、やばい。
どこを見ればいいのかわからなくなる。

石のように固まってしまった俺を、不思議そうに首をかしげながら見つめてくる。
その眼鏡の奥の無邪気な瞳、透き通るような白い肌、ぷっくりと形の良い桜色の小さな唇……。

その時、俺達は気づいていなかった。
俺達がこうやって見つめ合っているこの瞬間に、教室の扉が開いたことを。

そして俺は気づくべきだった。
その犯人が降谷だってことを。

「……なに、してるの」

「のわぁぁッ! 降谷っ!」
「あ、降谷くん。どうしたの? 忘れ物?」

驚いて海老が逃げるかの如く飛び退いた俺とは正反対に、みょうじは笑顔で降谷の名前を呼んだ。
当のヤツは無言で頷くと、自分の机の中を漁りだす。
そしてお目当てのものを素早く見つけると、扉の前で一言。

「僕……これからブルペン入ってくるから」

ガラガラと扉を閉める音。
ーーそんなん言われて、冷静であり続ける奴があるか!

「だぁぁぁ、降谷! 待て!」

でも! みょうじの仕事を増やすわけには行かない!
でもでもでもーー

「沢村くん、これやっておくから後日ジュース奢って?」
「!」

その手があったのか!

「そういうことだったらこの沢村、認めよう! ごめんな! ちゃんと明日ジュースおごるから!」

俺も、あの友人Aのように鞄をひったくって教室を出る。
出る際にみょうじが手を振ってくれた。

「頑張ってね、応援してるよ」

そのエールに言葉を返すことはなかった。


ーーだって可愛すぎる!!






〜おまけ〜

「お、追いついたぞ降谷……」
「……みょうじさんのことも、負けないから」

「……ハァッ!? べっ別にそんなんじゃぁねぇケド!?」
「顔に出過ぎ……じゃあ僕行くから」
「え、じゃあお前なんなの!? まさかお前も……」


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