今年も一つ、成長する君へ(アルスラーン)
彼は、国王となった。
かつて失った王都を取り戻し、自分の国のあり方を見直し、王となった。
「……アルスラーン」
それから約八年。
彼は今も立派に王としての仕事をし、国民からの信頼も厚い良き王となっていると聞く。
奴隷解放、それは結果的に吉と出た。
彼は本当に心の清い子に育ったのね。
石でできた家。
窓からの風はまだ暑いが、前よりはずっと涼しくなった。
月明かりが照らす目の前の木のテーブル。
火の明かりなど要らなかった。星も手元を照らしてくれるから。
「お誕生日、おめでとう」
これが言えなくなったのはいつからだろう。
問うまでもない、彼が王宮に行ってからだ。
きっと日付が変わった、この時にそれを風に乗せる。
ああこれは何回目だろう。
たった一人の彼の姉なのに、なぜそれを弟の前で言えないの。
なぜ、いつも目の前の羊皮紙に想いを綴ることしかできないの。
姉からの言葉だと、なぜ伝えられないのだろう。
少ないお金をこの日のために貯めて買った羊皮紙。
初めてのあの子からの贈り物の筆。
長すぎず、短すぎず。
印象から消えないように、しかし残り過ぎないように。
姉だと気づかれてしまわぬように。
でもやっぱり気づいてほしいと軽く匂わせるような言葉を添える。
ああ辛い。
綺麗に黒が連なった羊皮紙を包み、自身の白の髪を隠すように布をかぶる。
顔は見られてはいけない。見られてしまいたいのに、それは許されない。
十八回目のアルスラーンの誕生日。
足音をなるべく抑えて王宮へ向かう。
あの子はもう寝ているのかしら。
昔は早く床についていた。今はどうなのだろう。
もう何度もここには来ている。どこに兵がいるかなんてわかっているの。
正面の門に兵士がいることを確認して、裏口へ回る。
人目をうまいこと逃げて、そっと包んだ羊皮紙を置く。
小さく改めて伝える。
「アルスラーン……お誕生日、おめでとう」
あげられるものはこれくらいしかないけれど。
それでも、伝えられるものは伝えたいから。
さあ帰ろう。長居しては見つかってしまうかもしれない。
踵を返した瞬間、冷たい風が頭の布を追い払った。
我慢していたように私の白い髪が踊りだす。
弟と、同じ髪。
布で隠れていた夜空が顔を出した。
星の瞬く、届きそうで届かない夜空。
姉弟の瞳と同じ色。
風はまるで私を引き止めるように吹いてくる。
やめて、向かい風なんて。私の足が止まってしまいそうだから。
すると風は残酷にも背中を押してきた。
ーーそしてそれは、私にその道を歩ませる。
「ありがとう」
風に乗って届いた言葉は、とても温かい。
身体に染みたその音は、懐かしくてしがみつきたい。
一度、だけ、一度、だけ。
この目で、彼を見たい。
アルスラーン、愛してる。
振り返った先には、誰もいない。
でも、窓に私の髪と同じ色の髪が流れていたのを、私は見逃さなかった。
「……大きくなったね、アルスラーン」
歪む視界、震える肩、あの日から初めて見る弟の姿。
土の上に黒く丸い跡を残して、私は押されるがままに立ち去った。
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