1 かさかさかさ。頭の上の木々が揺れる。 山の中、涼しい木漏れ日の下をアルスラーン等六人は馬を歩かせていた。 すぐ上を向くと、青い空のずっと遠くで巻雲が川のように流れているのが見える。 アルスラーンは木々から顔を出す太陽に手をかざすと、その輝きの強さに目を細めた。 鳥が大空を舞っている。あれは鷹だろうか。 「ダリューン、今日は快晴だな」 彼はすぐ近くにいたたくましい剣士、ダリューンに告げた。 そうですね、空気も程よく暖かいですし。ダリューンは自分が忠誠を誓った彼に倣うように空を見上げる。 空気が美味いとは、きっとこういう気分のことを言うのだろう。 吸って、吐いて。この二つの動作だけで、自然への敬意と愛しさを感じる。 山の緑が生み出す新鮮な空気を肺一杯に吸い込んでいると、後ろからナルサスが声をかけた。 「殿下、早く参りましょう。後ろがつかえておりますぞ」 「ああ、すまぬ」 アルスラーンは手綱を引き、馬を歩かせる。 それに続いて全員の馬がゆっくりと足を動かした。 しばらく歩いていると、木々は一層生い茂り、木漏れ日はほとんどなくなり。 ほとんど日陰となった山道を歩いていると、ふと一頭の馬が足を止めた。 アルスラーンはそれに気づいたようで、自分の馬も止める。「どうした? ファランギース」 ファランギースは自身の艶やかな黒髪を風にたなびかせながら目を瞑る。 「精霊(ジン)がどこか騒いでおります。しかし不思議じゃ……」 わけが解らないというようにアルスラーンが問う。 それもそうだろう。精霊(ジン)を理解することができるのは、この中で彼女だけなのだから。 「何事もないようで……しかしどこか騒がしい……不思議な気分でございます」 その瞬間、ざわりと木々が騒いだ。 「んなッ!?」 「なんだ!?」 それを合図に、かなり強い風が彼らを襲う。 ぶわりと舞い上がる砂埃。少しでもそれが顔に当たらぬように、目を瞑り腕で顔を守った。 風が収まると同時に、全員はアルスラーンを守らんと身構える。 ダリューンとナルサスは自身の剣に手をかけ、ギーヴとファランギース、そしてエラムは弓矢をかかげ、遠くをただただ見つめていた。 「……?」 「……なにも……こない?」 誰が言ったかもわからないその言葉はそよ風に。 何か来る気配も無くなった山道をぼんやりと見つめて、ダリューンたちは警戒を解き、武器を下ろす。 「……なにも、来ませんでしたね」 エラムがぼそりとつぶやいた。 しかし次の瞬間、バタリとなにかが倒れる音が全員の耳に届く。 音のした方を向けば。 そこには倒れているアルスラーンの姿があった。 「殿下ッ!!」 ダリューンが我先にと一歩足を運ぶ、が。 (……ッ!?) ぐらりと歪んだ視界と重たくなる身体。 力もまともに入らないその身体は、地面に倒れる。 (……なんだ? これはッ……毒……か?) 遠くで先ほどのような倒れる音がした。 一つ、二つ……四つほどしただろうか。四つだったらこの場にいる全員が倒れたことになる。 (クッ……殿下……ッ) 意識が遠くなっていくのが、彼の中でわかった。 (こ……これまで……か……ッ。殿下……申し訳ござーー) かさかさと木々が歌う。 まるで、誰かに助けを求めているかのように。 |