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レアは一度目を見開くとうつむき、シロンの胸へ顔をうずめた。
自分の存在は罪そのものだ、そう言われているのだから無理もない。

アルスラーンは目だけを動かして仲間たちを見る。
静かに目を閉じて無表情を硬くするナルサス、ファランギース、ギーヴ。
同じく目こそは瞑っているものの、眉を下げ、どこか思うような表情のダリューン。
そして、先ほどまで彼女と時間を共にしていたエラム。
歳が近いせいもあるだろう。彼は下唇を噛みながら目を落とし、眉をハの字にして表情を歪ませていた。

ーー自分の存在自体が罪だなんて言われるヒトは、この世の中でどのくらいいるのだろう。
小さな王子は考えた。

物心ついた時は、王宮の外にいた。
子ども同士で遊んだり、町の人と触れ合ったり……楽しかった。
乳母もとても優しかった。王宮に戻ってからもそうだ。
私はパルスの後継者として居なくてはならない存在になっていたのだから。
多くの者に守られて、大事にされてきた。

ダリューンたちもそうだろう。
詳しいことはよく知らない。それでも望まれて生まれて、愛されて、今ここにいる。

しかし、この娘はどうだ?

自分よりも一つ年下なのに、今この時、母親に居てはならない存在だと告白された。
世間一般的に、望まれていなかった命だったと言われた。
産まれてはいけなかったと、そう言われた。

ーーそんな者が、本当に居て良いのだろうか。

「……レア」
「……なに?」

シロンの春色の服が濡れていく。
か細い声が震えている。ああまたこの子は泣いているのね。
あなたのお父上もよく泣いていたわ。

私の手を握って私たちが拠点としていたところから逃げるのに成功した時とか。
今のこの洞穴を見つけて、住むことを決めた時とか。

あなたが産まれた時とか。

あなたとそっくりなまあるい目から、大粒の涙をぽろぽろと。

「私ね、あなたを産んだこと、全然後悔してない」

たとえ私の母上や父上、姉上に従兄弟、たくさんの私の親族の皆、そしてその中の長である長老の私の祖母上が、あなたを望んでいなくても。
たくさんの国々の人々、溢れんばかりの自然たちがあなたを愛せなくても。

「私はあなたを愛してる。レアを産んで良かったって、強く思う」

きっとお父上も同じよ。
私があなたを産んだとき、「ありがとう」って言ってくれた。
「お疲れ様」と、労ってくれた。
「また忙しくなるね」と笑ってくれた。

「あなたは私達の誇りなの。レアが産まれてきてくれて、本当によかった」

だからね、私は強く思うの。

「あなたが居てはいけない存在なんて、思いたくない。罪の塊だなんて、そんなことない」

あなたは絶対にどこかで想われている。
私達だけじゃない、どこかで想われているわ。

「レア、あなたは証明しなさい」

「……しょう、めい」

「私は罪の塊なんかじゃないって。居てはならない存在だなんてことはないって」

シロンは自分よりも小さく、細い肩をその白い手で包み込んだ。
しがみつく娘をゆっくりと離し、涙でぐしゃぐしゃになった目元を撫でる。

「その力で、証明しなさい。だからあなたはアルスラーン殿下についていくの」

母親の私が言っても、それはただの贔屓目となってしまうだろう。
だから、あなたが行くの。あなたが証明するの。

「……いいわね?」

レアは涙を腕で拭い、まっすぐと母親を見た。
丸い優しさの中に潜む、鋭く突き刺さるような視線。
でもそれは折れそうだと思わせることはない。
強い、強い光だ。

「……はい」

シロンは微笑んで、彼女の背中を優しく叩く。
その波に乗るようにレアはアルスラーンたちに目を向けた。

先ほど擦ったからだろう。目元はわずかに赤い。
でも、それでもあの強い光は消えないまま。むしろ強くなっているかもしれない。

「……アルスラーン王子」

ゆっくりと頭を下げる。
しっかりと伸ばした背筋。かしこまった声色。
不思議とこちらも背筋が伸びてくる。

アルスラーンは口元を緩めながら彼女の言葉を待った。

「レアは、アルスラーン王子に忠誠を誓います」

絨毯の上に広がった白い髪。
あの六匹の蛇たちも、彼女と同じように床に伏しているように見えた。

まだなにも知らない少女だけれど。
それでも、心強い味方が増えた。

「レア」

アルスラーンは一度微笑むと、そのまま頭を下げた。

「よろしく頼む」

後ろにいたダリューンたちもゆっくりと頭を下げていく。
レアの後ろにいたシロンも、娘をよろしくお願いいたしますと床に伏した。

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