21 アルスラーンは思っていた。 私は、母上の腕の温かさを憶えていたかと。 自分は今の彼女のように、母の腕の中でその温かさに触れていたことがあったかと。 壊れ物を扱うかのように優しく、しかし力強く抱きしめるシロンと、その中で彼女の服にしがみつくレアを見て心の奥に冷たい風が吹き抜けていった気がした。 自身の記憶をたどっても、このような温かさを憶えていない。 風は吹いていないと言うのに身体が冷えてくる。頭が変に冷めていく。 シロンは続けていた。 「あなたは知らなくてはいけない。自分がどういう種族なのか。どういう力があるのか。なにをしてはいけないのか。自分自身がなんなのか」 彼女の腕の中で、レアは静かにその言葉に耳を傾けていた。 それはアルスラーンも同じだった。誰の腕の中にはいないが、自然と、不思議と聞かなくてはいけないと思ってしまう、使命感のようなものがあった。 「世界がどのように回っているのかも。人々がなにを見て、なにを求めるのか。多くの人々は自分……”メンドーサ”をどういう風に捉えているか。そして、メンドーサの歴史、始まり、そして過ち」 レアはぼそりと繰り返した。「あやまち……?」 そう、過ち。シロンはより強く娘を抱きしめる。 レアは一瞬苦しそうに身体をよじらせた。 しかし、頭の上に温かい雨が降ってきたその時、不思議をそれは止まった。 「……レア、よく聴いておくれ。私は昔、お前にメンドーサの話をしたことがあったね」 「……はい。母上がかつていた民族のことですよね」 シロンは頷いた。「お前が日記を見てどこまで知っているのかは知らないけれど、私はその民族の掟を破って今ここにいるの。私が破った掟を、お前は知っているかい?」 レアは静かに首を横に振った。「いいえ、存じ上げません……。私が知っておりますのは”メンドーサ”の力と母上がかつてその民族に属していたこと。そして、その娘である私がその血を引いていて、その力が使えるということ……」 そう。シロンは震えた声でまた強く抱きしめて、そして腕を離した。 不思議そうにレアが彼女の顔を下から覗きこむ。案の定目は赤くなっていた。 「私が破った掟を教えてあげる」 レアの頬に両手を添え、ゆっくりと額と額を合わせた。 シロンの目には、まあるい黄色の目。 自分の切れ長の目とは違う、まあるいまあるい目。 自分が唯一愛した夫そっくりの目。 彼の瞳を思い出す。 彼の瞳は温かみのある濃紺だった。そう、あのキイチゴのように。 丸くて、包まれるかのような夜空。ああ、本当に温かかった。 彼の瞳が大好きだった。今も大好きだ。自分にはない温かさが大好きだった。 自分のような怯えさせる瞳とは違って、彼の目は皆の不安を取り除く瞳だった。 だから私はあの人を好きになった。あの人と共に生きることを決めた。 「レア……」 色は私に似て、形はあの人に似ているこの子の目。 まあるく、温かく包み込むような目。 「私の罪は、あなたを産んだこと」 ああ、やっぱりこの子は私とあの人の子だ。 |