20
シロンは、黄色の目を丸くしたまま固まっていた。
しかし、レアは言葉を紡ぐことをやめない。

「昔……母上の日記を読んだことがありました。なにかなって思って、そのまま読みました。あの、くっついて開かないページ以外は」

「……あなたは、どこまで知っているの」

少女は俯いたままだった。
肩はわずかながら震えている。握りこぶしも、同じように。

ーーその時だった。

「ーーッ!」

シロンは、言葉を失った。

なぜなら。
娘の髪は大きく揺れ、その先端には満月のような光が十二。

ーー六匹の蛇だ。

彼女は初めて見た愛娘の力に、ゴクリ、と喉を鳴らした。
見ていたアルスラーン等も目を丸くして、シロンの言葉が真であったことを痛感していた。しかしエラムだけはナルサスに事情を問う。彼はとても簡潔にまとめて今の事情を話してくれた。

レアはゆっくりと顔を上げる。

「ーーっ!」

思わず、息を呑んだ。
レアのそれは、シロンのものとはまったく次元が違っていたからだ。

先程から爛々と輝かせている六匹の蛇の瞳はもちろん、彼女自身の瞳にも柔らかい光で夜道を照らしてくれる満月のような温かさは微塵もなく、細身の剣のような鋭さと冷たさだけが残っている。
そして、頬に広がる白い鱗。目元にもわずかながらに広がるそれは、正に蛇そのものだった。

袖から覗かせる白い腕にも白い足にも、まだ僅かではあるがそれでも立派な鱗が点々としていた。

「あ、あなた……どこでそのやり方を……」
「……母上の日記を見てから、母上の見えないところで、一人で……」

「じゃ、じゃあ……石化とか、自分自身にあるその他六つの力は……」

「石化は少しだけやったことが……。でも、自分自身の力はまだ……」

また一つ大きく揺れたレアの白。
先端の黄色の光は消え、元の雲のような髪に戻っていた。

「……もう少し小さい頃、目の前にいた鳥に力を使ってみたことがあります」

俯きながら少女は語った。

「繋がっている感じがして、鳥が動かなくなりました。石になったって、わかりました。でも、私はそれを解くことができませんでした。そしてーー」

ーー繋がっていた感覚がなくなって、もう鳥が動かないことがわかりました。

「……レア」
「私は、自分がなにをしたのかがすぐにわかりました。そして、なんて愚かなことをしてしまったのかがわかりました。……それ、以来……ッ」

レアの語尾が少しずつ小さくなり、震えていくのが雨が降るようにはっきりとしていた。

「その力を使うのがっ……怖くなりました。自分、自身がっ、とても恐ろしかったっ…」

「……レア」

「触れても、ないのに、別の、命を奪、う、ことが、本、当に、恐ろしかった」

大粒の涙で頬を濡らしながらレアはシロンの腰に腕を回した。
静かに、声を上げず、ただ嗚咽だけが部屋内に響く。
シロンは同じように抱きしめ返しながら、頭を優しくなでた。

「は、母上は、どうやってっ」
「あなたと、同じことをした」

彼女の嗚咽が止まった。
肩で息をしているだけ。呼吸の音だけが、シロンの腕の中で鳴り続ける。

「私も子どもの時、同じようなことをやらされた」

ぎゅっと、さっきよりも強く娘を抱きしめる。
腕の中の小さな娘は、きっとその満月をしっかりと丸くしていることだろう。

「決してメンドーサが……民族が、命を奪うことを推奨しているわけじゃないの」

ーー私達は、その力を完全に制御しなくてはいけない。

「"力”っていうのは、時折、無意識の内に出していることもある。例えば、感情が高ぶったとき。これが一番多いわ。そうなってしまった時、自分でそれを抑えることができないと、それこそもっと関係のない命が消えていく。それは、一番してはならないことだと教えられた」

だから、練習をしなくてはならないの。自分を制御するための練習を。
自分が制御できれば、消えていく命も減る。それに、自分の身を守るためにもつながる。むしろ他の命を助けることだってできる。

「だから、そのために必要な命だと理解するの。命の尊さ、重さ……。あの命たちがあったから、今私はこの力で自分を、他の命を守ることができるって」

シロンは昔、まだ自分が母親の温かい手を繋ぎながら歩いていた頃をその目に映しながら愛するレアを抱きしめた。

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