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歩いたのはほんの数刻だった。
多少(のレベルではない)足場の悪い道も通った。彼女が、ここは近道なんですと言って。
透き通った水が流れる川があった。岩に滑って転びかけた。
ぬかるんだ地面に足を取られた。目の前に蜘蛛の巣があったのに気づかなくてそのまま直撃しそうになった。

すごく疲れた。

しかし、今目の前に広がるこれを見ると、そんな疲れも吹き飛んでしまう。

「……すごい」
「ですよね」

木の上から見る花畑は地面から見るよりもずっと広大で、華やかだった。
押し花で見たものと比較するなんて自然の摂理に反するのではと思うほど、その生きた花は美しかった。

赤、桃、白、青、紫……さまざまな色の乙女草は雑多に咲いているようで統一感があり、風が吹く度にその多彩なベールを踊らせていた。
よくよく見ると五枚の花弁だと思っていたのは違ったらしい。
五芒星のように広がっているそれは、上、右下、左下は左右の花弁の後ろに位置している。つまりは萼(ガク)だ。

「少し前に見つけたのです。同じようにキイチゴを採っているときに」

まだ出会ってからそこまで間がないのに、彼女の緊張はとっくにほぐれ、普通に話している。
皆の元へ戻ったらまた最初のころのように、どもったり言葉を選ぶのに時間がかかったりするのだろうか。

同じ枝を共有し、すぐ隣に腰かけている小さな少女を見ながらエラムは思った。

年の近い異性とこうやって時間を共にしたのは今まであっただろうか。
信じる君主に仕え、その人が自分を呼ぶのなら自分はそこへ素早く向かう。

ナルサス様の命ならば、ナルサス様がそうおっしゃるなら、と今まで生きてきた。
それでよかった。今もそれで満足だ。それに両親の遺言もある。それでも自分はナルサスの待童でよかったと何度も思う。
のんびりとやまの中で彼と一緒に暮らしているのも楽しい。

でも、今のように色々なところを歩き回って、この花畑のような綺麗な自然を見るのもいい。
自分の知らない地へ行って、知らない風景を見て、知らない空気を吸うのもいい。

エラムはふと脳裏に西南の果てにある伝説の都市を浮かべた。
いつか行ってみたい。歴史を学びたい。
一体そこはどういうところなのだろうか、その道中なにがあるのか。それを見てみたい。

頭の中に広がる夢を映しながら、目の前の乙女草を見る。
今は忙しくて落ち着くことなんてできないけれどーー

この旅の道中でも今のこの幸せを忘れないように。
自然の美しさと強さを忘れないように。

気づけば空は赤く染まっていた。
自分がここまで来るまでに何度も見てきた血の色とは違う。

「帰ろう」「帰ろう」「みんな待ってるよ」「君たちの帰りを待ってるよ」

カラスが鳴いた。

そろそろ帰らないとですね。そう彼女に告げようと横を向くと。

「……」

木の幹に寄りかかりながら眠っている彼女の姿があった。
もしかして夢中になっている自分に気を遣っていたのではないかと罪悪感がよぎる。

肩を揺すろうと手を伸ばすも、寝息と寝顔があまりにも気持ちよさそうなため少し躊躇してしまう。

しかしこのままでは母親であるシロンに怒られるし、他の皆も心配するだろう。

「レア様」

意を決してその華奢な肩に触れる。
一度揺らしただけではなんの反応もなかったので、名前を呼びながらもう何度か揺すってみた。

「……ん」

二つの月が顔を出した。

「ん……ああ、もうこんな時間……って」

一瞬で月が満月になったと思ったら、後ろから蹴り落とされたかのように彼女は地面に降り、その勢いのまま地に顔を埋めた。

……と思ったのは勢いのせいで、実際は埋まっていない。ただ地面と物理的に顔合わせをしているだけである。

「わっ! 私としたことがッ……!! 事もあろうことかエラム様のお隣で眠ってしまうとはぁ……ッ!! なんたる不覚っ! も、申し訳ございません!!」

エラムは石になったかのように固まった。もちろん彼女は力を使っていない。
彼が思ったことはただ一つ。命の恩人が自分より目線の低いところで思い切り頭を下げているのだ。一人の従者として、一人の人間として、やるべきことがある。

彼は木から降り、彼女と同じ地面に立つ。そして顔を上げさせた。

「謝られることではございません! 私も一人で自分の世界に閉じこもってしまって……!」

とりあえずもう空も真っ赤に染まっていますし、早く帰りましょう。

彼女の髪についている土を軽く払ってから彼は帰りを促した。

レアとしては「自分はなんとも無礼なことをしたのだから土をかぶりながら帰るのは当然だ」と思っていた(断じて彼女にそういう趣味はない)ため、エラムのその行動に少しの疑問を持ちながらも小さく返事をして彼の後ろについた。

そしてそのすぐ後、エラムになぜ後ろにつかれるのですかと無理矢理隣に並ばされたのは言うまでもない。

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テーマ「人外ファンタジー」
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