11
時は数時間前に遡る。

シロン手作りのかごを腕にぶら下げたエラムは、山の中の新鮮な空気を肺いっぱいに吸っていた。

「今思うとすごく気持ちの良い天気でございますね」

何日自分は眠っていたのだろう……一瞬過った疑問は温かな太陽の光によって溶けてしまった。
さあ参りましょう、とエラムは足を一歩前へ出す。すると、焦ったように彼女もその後ろをついていった。

「さあ仕事だ張りきっていこう」なエラムとは違い、レアは「うわ〜……どうしよう、なにか話した方がいいのかな、なに話せばいいのかな、ああああ……」と半分我を失っていた。

「……ん」

エラムは三歩ほど進んでから足を止めた。そして振り返る。なぜ自分が先陣を切っているのか。
レアは肩をビクリと大きく揺らすと、背筋を槍のようにピンと伸ばした。

緊張をしているのだろうか、とエラムは汲み取る。
敵だと勘違いして刃を向けて気絶させた相手と二人きりだから仕方もないかと思いながら、柔らかい声色をなるべく意識して彼女に声をかけた。

「申し訳ありませんが、案内もお願いしてよろしいでしょうか。キイチゴが成っている場所を私は存じ上げませぬゆえ」

自分なりに柔らかい声と表情で臨んだつもりだった。
しかしどうだろう。彼女はと言えば目を白黒させて声にならない声を漏らすだけだった。

あっ、あっと、あのっ。なんとか言葉を探して間を取り持っているつもりだろうか。
エラムは失敗だったか……? と少しの落胆を感じながら彼女の言葉を待った。

正直、苛立ちが止まらなかった。
白黒させる目はまるで焦点が合ってないように泳ぎまくるし、言葉は全然出てこないし。
エラムは会話している気になっていなかった。

やっとの思いで「あの、」とまともな言葉が出てきたレア。
エラムはほっと安堵の息をつくと、彼女の言葉に耳を傾けた。

「え、エラム様は木登りなどもできますでしょうか……?」

……なんだ、そんなことか。

「できますよ。この山のキイチゴは木の高いところに成っているのでしょうか」

すると、彼女の雲のような髪が横に揺れた。「いいえ」

「木を、渡るのです」

「……え?」

エラムは言葉の意味を汲み取ることができなかった。木を渡る?
こ、こちらの方が近道なのでございます。少女は初めてエラムの目を真っ直ぐと見た。

彼は彼女の黄色の瞳と線を交えてから、彼女の全体像を見る。

自分よりも頭一つくらい小さな背丈。細く、華奢な少女。そこらの町娘とーーそれこそかつて自分が変装したときの服とたいして違わない。ただ色が広大な空の色であり、頭になにもつけていないことくらいしか違いのない服。

確かに自分もあの時は兵士見習いと一線を交えたが、やはりそこそこ動きにくかったのを覚えている。それなのにこの少女は木を渡ると。できるのだろうか。

「平気です。参りましょう」

エラムはレアの隣に並んだ。
少し驚いたように肩を揺らしたレアだが、緊張はいくらかほぐれているようで「はい」と小さく返事をしてから一本の大きな木に向かって足を動かした。

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