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突如姿を見せた白蛇は、シロンとまったくそっくりの黄色い目をしながらアルスラーン達を見ていた。
それはまるで自我を持っているようで、一人一人を品定めするように眺めた後、彼女の首元に身を寄せた。

皆がそれを凝視する中、ダリューンだけはとにかく悔いていた。
アルスラーンを、自身の君主に言われてから目を開けたことを。
これはまるで君主に毒見をさせるようなものである。彼はそれに悔いていた。

(しかし殿下ももう少し警戒をしていただかないと……もしあの言葉が嘘だったのならどうするおつもりであったのか)

それが彼の良いところだとわかってはいても、もう一歩引いて相手と接してほしい。
ダリューンは心の奥で頭を抱えつつも反省を忘れず、今はこの女だと意識を戻す。

ナルサスが余裕綽々な笑みで問う。「さて、それで貴女はなにを求めているのでしょう」
我々の首? それとも石にして閉じ込めますか? そしてルシタニアの兵に売り渡しますか?

その言葉に疑問を浮かばせたのは少年、アルスラーンだった。

「ナルサス、彼女は本当に人を石にすることができるのだろうか」

ナルサスが目を丸くする。なにを言っているんだこの王子は。先程彼女は自分で頷いていたろうに。
彼が口を開く前にシロンが口元を緩めた。できますよ。

「石化を解くのも、術者の任意で可能でございます……。実際にご覧にいれますか?」

その言葉に反応したのはダリューンだった。では、私を石にしてもらおうか。

「ダリューン!?」

やめろ、危ない。そう言っているような彼の目を見て、ダリューンは大丈夫です、ご心配なされるなと軽く口角を上げてみた。
しかし王子の暗雲がかかったような顔は晴れることなく、一歩、また一歩と彼女の元へ進んでいく彼の姿を見ることしかできなかった。

頼む。一層堅い顔になったダリューンを見て彼女は一度目を細めると目を瞑って頷いた。
ファランギースが問うた。我々はお主の目を見ぬ方が良いか?

縦に伸びた瞳孔を覗かせて彼女は頷いた。

「視界に入っただけでその者は石化してしまいますゆえ、そっぽを向くなり目を瞑るなりなんでもなさってください」

一斉にそっぽを向く一同。アルスラーンだけは心配そうな目で騎士の背中を見ていたが、軍師に促されてゆっくりと目を瞑った。

ダリューン以外の全員がこちらを見ていないことを確認したシロンは、囁いた。

「……参ります」

魔法の呪文のようなそれは空気に溶けた。
風が止まった、時が止まった、気がした。

「……終わりました。どうぞ、素早くご覧になってください」

飛びかかるように彼に触れるアルスラーン達。
そして、彼の目を見て驚いた。

「……すごいな、眼球さえも動いていないぞ」
「それに、こちらから力をかけても髪一本動きません。折れてしまいそうだ」

誰が言ったかもわからない。しかし、それらはすべて事実だった。

見た目こそはヒトと何ら変わりないが、触れてみるとわかる。
筋肉がいくらあっても感じるヒトとしての柔さとか、風に舞う髪とか、戸惑えば戸惑うほど泳がせたくなる目とか、すべてが時が止まったかのように動かない。そして、固い。
その感触は何度触り、腰を掛けて来たかわからない石と同じ感触。

これがメンドーサ……とナルサスが石になっている親友を見て空いた口が塞がらなかった。

アルスラーンはといえば。
彼は少し石と化した騎士を観察し、すぐにシロンに視線を飛ばした。
それを見かねたのかは謎。シロンは未だに興味深そうにダリューンを見ているナルサス等に声をかけた。「そろそろ石化を解かなければなりませぬゆえ、興味深そうに覗き込むのはおやめください。万騎長(マルズバーン)に穴でも空いたら大変ですわ」

そして、石だった彼の手は動き出した。石化が解けたのである。
ハッと思い切り息を吸ってむせ込み、肩で息をし出すダリューン。
「大丈夫かッ!?」アルスラーンが顔面蒼白のままダリューンの肩をさすれば、すぐに呼吸も落ち着き「大丈夫です」と落ち着いた声が返ってきた。

そしてダリューンは語る。

「恐ろしゅうございました……」

いきなりなにかと糸でつながったかのような感覚に襲われてすぐ、皮膚が固く、強張っていくのがわかりました……。目の前で皆が私の顔を覗き込んでくるのがわかりました。視界ははっきりとしておりましたが、見えるのはその範囲だけ。一切周りを見ることができなかったのです。

「そして身体の外側からじわじわと、まるで蛇が這っているかのように内側までもが強張っていくのがわかりました……」

その時の彼の顔は、悪夢から覚めたようだと皆が思った。
シロンがいつの間に戻した自身の髪をまた結い直しながら笑った。
その髪の先端には、黄色の二つの目も、炎のような舌もなかった。

「外側から、じわじわと侵食していくように石化させていく……そしてゆくゆくは身体の奥の奥に眠る内臓、そして最後には心ノ臓を石化していきます」

石となっている間は呼吸も徐々に苦しくなっていきますからね。だから、早めに解かないといくら戦士の中の戦士(マルダーンフ・マルダーン)でも簡単に川を渡りきってしまいますわ。

微笑みながら言うものではない。シロンは温くなった茶を飲み干した。

そこでナルサスは気づく。これをシロンができると言うことは……。

「シロン殿、もしやこれは……キイチゴを摘みに出ている彼女にもできるのだろうか?」

シロンは頷く。その時アルスラーンが腰を上げた。エラムが危ないのかッ!?
しかし彼女はそれを止め、なだめた。

「まだあの子にはできませぬ。一度も使っているところを見せたことすらございませぬゆえ」

目を丸くした。一人ではない。全員がだ。
シロンは新しい温かな茶を淹れながら言った。「……お願いがございます」

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