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少しの間、話し声がこちらの部屋にも届いていた。
シロンは目を瞑ったまま、自身の淹れた甘い花の香りに意識を寄せる。

「ここ……響くんですね」夜空のような瞳の少年が言った。

「ええ。天井が高い上にすべての部屋がつながっておりますから」

少しすると、その声も無くなる。「行きましたか」シロンは紅茶を置いた。

「さて、本題に参りましょう」

ゆっくりと瞼を持ち上げるシロン。その瞳は、やけに冷たいように感じた。
ゾワッとアルスラーンは身体中に冷たいものが駆け登るような感覚を覚えた。
それを感じたのは彼だけでないようで、ダリューン、ギーヴ、さらにはずっと警戒するなと言っていたファランギースまでもが身体を強張らせた。

しかしナルサスは違う。鼻で不敵に笑うと口を開いた。まるで確信を持ったかのような、恐ろしい笑みを。

「ではシロン殿。私達も聞きたいことはたくさんある。そこでこれはどうでしょう。まず、私達の質問に貴女が答える。そして最後に貴女が言いたいことを補足する。それでどうでしょう」

その提案に彼女は先程の笑顔のまま結った髪を揺らした。「いいですね、乗りましょう」
そして、彼女は冷たい黄色の瞳を鋭く覗かせる。

「さて……まずなにからお聞きになりますか? ……ナルサス卿」

空気が一瞬で冷えた。ダリューンに至っては剣に手を伸ばしかけている。
全員が警戒心をむき出しにする中、シロンだけは笑顔でいた。

「大丈夫ですよ、アルスラーン殿下。私は皆様のお命など狙ってはおりませんわ」

ナルサスはその言葉を真だと思っているらしい。アルスラーンは変わらない彼の笑みを見て思った。
それにしても、ナルサスはなにを思っているのだろう。天才軍師は口が固い。
そして軍師は動き出す。

「まず貴女達について問いたい。……そなたらは"メンドーサ"の末裔か?」
「……はい。その通りでございます。博識でございますね」

アルスラーンは首を傾げた。それを見て思ったのか、楽士、ギーヴが声を上げる。

「呼び方はたくさんあるらしいですよ殿下。元々はもう少し西の地方の言葉らしいです」

彼もまた博識である。ナルサスほどではないが、彼もまた元々は旅をしていた身。さまざまな国、地方で得た情報は多い。

「ある地方では"メドゥーサ"、またある地方では"メデューサ"と言ったように各地方での聞き間違いがまたさらに聞き間違いを呼び、最終的にはさまざまな地方でバラバラなのです」

彼は続ける。

西の地方の神話が元だそうです。そうですね、簡単に言ってしまえば……。

「"蛇女"……とでも言っておきましょうか」

その時、彼女の髪を結っていた紐がちぎれた。
ブチッと紐が床に落ちる。彼女は目を瞑ったまま、なにかを待っているかのようだった。

雲のような白い髪は風に舞ったように広がる。風なんて一筋もないのに。
みるみる髪は一ヶ所に纏まっていき、先端に黄色い光が二つ。
それはゆっくりとアルスラーン達の方に向くと、赤い舌をペロリと出した。

「……蛇?」

アルスラーンはつぶやいた。はい。なんとも落ち着いたシロンの声が嫌にやさしかった。
真っ白な一匹の蛇はチロチロとその身体に映える真っ赤な舌を出し入れしている。
ナルサスがメンドーサの説明を続ける。

「メンドーサは髪を蛇にし、その瞳は見た者を石にする……と云われております」

はい。落ち着いたシロンの声がひどく冷たかった。
ゆっくりと瞼を開けていくシロン、それを見たダリューンがいち早く声を荒げた。「目を瞑れッ!」

咄嗟に皆目を瞑る。しかし、彼女は落ち着いた声で大丈夫だと告げた。「今は大丈夫でございます。そのような力は使っておりません」

しかし、今までずっと我々のことを知らないふりをしていた者を、誰が信じるだろうか。彼らは目を開けようとしない。むしろ、盲目のまま自身の武器に手を伸ばしていたーーただ一人を除いて。

「……大丈夫だぞ? ほらダリューン、ナルサス、ギーヴにファランギースも、目を開けてみろ」

落ち着いたアルスラーンの声が彼らを動かした。
ダリューンがおそるおそる目を開いてみると、そこには先程とは打って変わった、しかしシロンとしての姿が色濃く残った彼女がいた。

真っ白な髪はさっきと同じく一匹の白蛇に変わっている。しかしそれの根元を辿っていくと紛れもなくそれは彼女の髪なのだと認識させられる。
娘のレアとは違い、切れ長の鋭い目の中に埋まっている黄色の瞳はと言えば。
先程までは普通に丸く、やさしげだった瞳孔が縦に伸び、今は獲物を捕らえる獣のようなーー蛇の目をそのまま写したかのような目になっていた。

そして特筆すべきはその肌。
人の柔そうな肌の中に、蛇の鱗同然のものがあった。
目の近辺、腕、指……いろいろなところに。

呆気に取られる彼らの目を覚ますかのように彼女は口を開いた。ご覧ください。

「ーーこれが"メンドーサ"でございます」


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