5
花の妖精はむくりと重そうに上半身を上げた。
甘く香る花の香りで意識を取り返していたら目に入ったのは先程自分を気絶させた原因の束。
しかもその全員がこちらを見ているとなればそれはもう。

「おひゃぁぁぁっ!!」

泡を吹いてしまいそうな位に身体を仰け反らせるレアを、いつの間にか背後に移動していたシロンが拳骨を一発。
ゴツン。アルスラーンたちが「痛そうだ」と顔を引きつらせてその重たい音を聞いていたのはつかの間。
レアは出しかけていた泡を一瞬で引っ込ませ、絨毯に穴が空くのではないかと心配になる位の勢いで姿勢を正し、頭を下げた。

「おっ、お初にお目にかかります! 私、レアと申します!」

黄色のまあるい目は、満月のようだ。
「皆様ご無事でっ、ほ、本当にうれしく思います!」と頭を上げると、チラリと後ろの母を見た。

しかし、既に母の姿は無く、気づけばファランギースの隣に。
上品に茶を口に運ぶ姿に、隣にいるファランギースでさえも目を見張った。

レアは問う。「ファランギース様、全員お揃いですか?」
彼女は頷く。すると、アルスラーンが他の人より一歩前に出て改めて姿勢を正した。

「レア殿、まず、先程の無礼申し訳なかった。本当にすまない」
「えっ……あっ……」

突然頭を下げられたことに、戸惑うことしかできない彼女。
母であるシロンは楽しんでいるかのように黄色の瞳をキュッと細めながらそれを見守っていた。

「そして、倒れていた私達を助けてくれた上に看病までしてくれて本当にありがとう。心から感謝する」

頭を下げる。それに倣って後ろに座っていたダリューン等も頭を下げた。
自分はこういうときどうあれば良いのか、それを知らないレアはワタワタと手を振り回したのち、「ありがたき幸せにございますでございます!」となんとも意味不明なことを叫び、地面にひれ伏した。

そんな様子がおかしくてたまらなくて、アルスラーンはつい吹き出してしまった。
わざとでなく、本気で迷った挙句に出た言葉と行動なのだから笑ってしまうのは可哀想だし失礼に値するのはわかっているが、それでもこみ上げてくる笑いを抑えることはできなかった。

それをおかしいと思ったのは、アルスラーンただ一人では無かったらしく。
ナルサス、ダリューン、エラム、ギーヴも次々とおかしさに耐えられなくなり、あのファランギースでさえも口元に手を持っていって上品に笑っていた。

ゆっくりと顔を上げて、よくわからないというようにポカンとしている彼女に、ナルサスが問いかける。「私達はなぜ倒れていたのかな?」

弾かれたように我に返った彼女はまた一つ頭を下げた。「乙女草の花粉であります!」

「乙女草?」

エラムがオウム返しをすれば、彼女の代わりに母、シロンが答えた。

「この山に生えている花です。でも、"乙女草"なんて呼んでいるのは私達だけかもしれませんわね」

シロンは一冊の本を取り出すと、迷いもなくあるページを開いて彼らに差し出した。
押し花だった。左のページには達筆に「乙女草」の言葉。右のページには下向きな白い花があった。

五枚の真っ白な花びらは、まるで秘密を守るベールのよう。
そしてその五枚に守られているめしべは、誘惑するような紫色。

シロンから言葉の補足をされる。
乙女草。太陽の光をとてもよく好み、まるでくっついているかのように集団で生える植物。しかもそれが不思議な事に集団は雄花のみ、雌花のみ、といったようにしっかり分かれているそうで。

雄花の集団の中に雌花はいない。その逆も然り。

風媒花のため、花粉を飛ばして受粉させる植物。集団で咲いている分、花粉も集団で来るのだという。
しかも光を当てると花粉は無色になる。故にアルスラーンたちは花粉に気づかなかったのだ。

「それに乙女草には不思議な毒性がございましてね。花粉を吸ったものはたちまち高熱で倒れてしまうのですが、女は一日もあれば熱も引いて体調も元通りになるのです。ですが男はなかなか熱が引かず、意識もなかなか取り戻さない。本当に長引く者は一月はかかるそうで」

なるほど、だからファランギースだけ先に目が覚めたのか。
男達は納得した。当の彼女はお茶を口に運びながらその押し花を見ているだけなのだが。

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