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女は雲のような髪をアルスラーンと同じような位置で結っている。
それがゆらりと揺れる度に、アルスラーンは彼女の腕に引抱え込まれている小さな雲を見つめていた。

この少女は、この女性の娘だろうか。

ふと脳裏に浮かんだ自身の母、タハミーネを思い出して目を伏せた。
真っ白な肌に厳格そうな細い瞳。美しくも強い、しかし、氷のように冷たい自分の母親。

この目の前の女性の腕にいる少女を見て、どこか寂しさを覚える。
自分は、母上の腕の中にいたことがあるのだろうか。母の腕の中で眠ったことがあっただろうか。

「ーー殿下?」

すぐ隣から少年の声。エラムだ。
アルスラーンの顔を覗き込むその顔は、眉をハの字に下げてこちらを見ていた。

そんなにひどい顔をしていただろうか、と慌てて笑顔をつくると「大丈夫だ」と心配ないことを伝える。エラムはそうですかと一度引いたが、心配そうな顔は引かない。きっと作り笑いがバレているのだろう。

ーーそれにしてもずいぶんと入り組んでいる家だ。

家と言っても、洞窟にそのまま絨毯を敷いているだけのようなものではあるが。
女性が一枚の朱色の布を上げれば、その奥には広い空間があった。これが居間か。

「この人数だと少し狭いかもしれませんが、どうぞ」

女性がレアと呼んだ少女を床に寝かせ、膝掛けをかけてやる。
そしてお茶を淹れますね、とまた奥の台所らしき方へ向かって行った。

アルスラーン一行はおそるおそるその居間に足を踏み入れる。
しかし、ファランギースだけは何も怪しむ様子もなく入って行く。

「ファランギース殿! こやつらは敵かもしれぬのだぞ!」
「なんじゃギーヴ。お主は助けてくれた恩人に失礼すぎぬのではないか?」

ギーヴをさらりと制し、眠っている少女の頭を撫でてやるファランギース。
それを見たナルサスも、彼女と同じように足を踏み入れ隣に立つ。

「レア……と言ったか? この少女」

ファランギースが頷き肯定すると、彼は腰を下ろしまじじと彼女を見る。

「うむ……年はエラムや殿下と大して変わらぬか」

そうぼそりとナルサスが零したその時、甘い花の香りを連れてレアの母が現れた。

「十一でございます。これから十二になりますね」
「ほう……エラムの一つ下か」

居間のちょうど真ん中に置いてある満月のような机。
皆で輪になるように座れば、レアの母がゆっくりと茶を置いて行った。

アルスラーンが問う。「そなたは名をなんという?」
女はきっちりと正座をしながら深々と頭を下げる。「シロンと申します」

「シロン殿、助けてくれた上に看病までしてくれてありがとう。感謝する」

アルスラーンが頭を下げれば、エラムたちがそれに倣う。
しかし、シロンは首を横に振った。いいえ、助けたのも看病をしたのも私ではございませんわ。

「全部、レアが行ったことです」

微笑みながら眠っている彼女を指差すシロン。
外の草木が揺れて、花の香りが広がって行った。

「……ん」

ゆっくりと目を覚ました彼女は花の妖精のようだ。アルスラーンは一人思った。

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