主争奪戦開幕


『憧憬』番外編


とぽぽぽぽ。
鶯丸がお茶を注ぐ音。

年の瀬も迫ったとある日。
まあるいコタツを囲んでいるのは四振りの刀剣男士。三日月、鶴丸、鶯丸、髭切がまったりと流れる時を過ごしていた。カンスト済みの彼らはイベントなるものが行われている最中、暇だ。

「はー。退屈だ。」
机に突っ伏している鶴丸国永は息をするように退屈と言う。
後ろ手をついて座っている髭切がにこにこと答えた。
「だったら主命の子を手伝っておいでよ。椿の手入れをするって張り切ってたよ。」
「いや、それも退屈だろ。」

主命の子って長谷部か、というのを口にするのも億劫なほど、だらだらとだれた空間。
三日月宗近なんて軽く一時間は黙っている。

退屈だ。退屈ゆえに退屈なものどうしがこの炬燵に入り浸っている。
はじめのうちこそ花札などの卓上ゲームに勤しんでいたが、罰ゲームのネタが底をついたあたりでとうとう飽きがきた。

鶯丸が注いだお茶を、あたかも自分のものであったように飲み、ひと息、三日月がようやく口をひらいた。
「…主が恋しいな。じじいは寒いぞ。」
久しぶりに口を開いたかと思うと、いつにもまして平安貴族な言い分である。

「ああ、大包平と万屋へ行くと言っていた。」答えたのは鶯丸。今しがた注いだ茶を横取りされたのも何食わぬ顔で、懐からもう一つ湯呑みを取り出している。

とぽぽぽぽ。

ぴしりとした美しい正座、伸びた背筋。正しい姿勢で茶と向き合っているが、鳥は総じて寒がりである。鶯丸の背後には電気ポットがお供のフクロウのように佇んでいる。もちろんお湯は満タンであり、炬燵に籠城も辞さない構えだ。

「ほう…、そうか。」
ふむ、と思案顔になった三日月。
不穏な思考が透けて見えた鶴丸がすかさず突っ込む。
「おい三日月。何か企んでるな?」
「いやなに、俺が暖めてやらんとなあ。」

にっこり笑って放たれた言葉は、正しくは宣戦布告である。
鶴丸、髭切、鶯丸の目がにわかにぴりりと細められた。

彼ら四振りはこのところ主にほったらかされている。というのも、先日より大包平実装イベントが開催されたせいである。

連隊戦では昼戦、夜戦ともにそつなくこなせる脇差、打刀、極短刀部隊が抜擢された。繰り返しくりかえし戻っては出陣する大包平包囲部隊。
なまえはそちらにつきっきりだった。

「頑張ってくれてありがとう。」
労い、手入れをされ、なまえ手ずから用意した差し入れを食べては出陣する彼らは、連日連夜の出陣にもかかわらず桜を舞わせていた。
それとは対象的に、長期休暇を賜わったカンスト済みの太刀勢はギリィと手ぬぐいを噛み締めた。つまりジェラっている。

自分だって戦いたい。いや、戦いたいというよりも、構われたい、労われたい。大人だって、誰しも小さな子どもを胸のうちに飼っている。つまりはなまえに褒められたいのだ。

目からハイライトが消えかかっている髭切を、清光と安定が「嫉妬はよくないよー?」と宥めたくらいだ。
……いや、よくよく考えると、彼らふた振りも出陣部隊であったから、煽ったというのが正しいのだろうか。
「そうだね、よくないよね。」と笑った髭切の顔がめちゃめちゃ怖かったので、二人はすぐ膝丸を呼んだ。

そんな連隊戦も怒涛の出陣ラッシュで瞬く間に十万玉。本丸にも100000の男オーカネヒラが実装された。

これでやっと出番が回ってくるかと思いきや、こんどは新人教育である。
今なまえが大包平を連れて万屋へ行っているというのもその新人教育の一環だろう。

深刻な主不足。
だから、抜け駆けしがちな三日月宗近を、彼らは放っておけない。

「…それは宣戦布告ととらえるぜ?」
普段ならスルーできる三日月の発言に鶴丸が突っかかるのも致し方なく。

「へえ?取り合うつもりなら僕も乗っていいよね?」
髭切が瞳孔をかっぴらいて名乗りをあげるのも想像に難くない。

鶯丸も何食わぬ顔をしているが、さっきから瞬きの数が異常に少なく、視線の先のみかんにふしゅりと穴が開きそうである。

「はっはっは。皆血の気が多いなあ。…ここは共闘して主をこの部屋に留めるというのはどうだ?」
この状況でいつもの調子を崩さない三日月も大概であるが、彼の言葉を受けて、は、と笑える残り三振りも負けず劣らずの曲者揃いである。

「おいおい、冗談だろ?」
「ふふ、そう言いながら、美味しいところはぜーんぶ持っていくんだよね?」
「ははは、俺の意図せずしてそうなるやもしれんな?」

全員半笑いなのが嫉妬のこわさを助長している。
今はちょっぴりなまえに飢えているだけで、普段の彼らは仲の良い茶飲み仲間であることをここに付け加えておこう。

…ことり。

「………。」

鶯丸が湯呑みを置いた音に、三人が言葉を切った。
ここぞという時にだけ話す、鶯丸は沈黙の使い方が上手だ。

「主に選ばせればいいんじゃないか?」
彼にしては珍しく、挑発的な上目遣いだ。
ぱたりと長い睫毛が瞬きをして、それぞれと目を合わせた。

異論はない。
かくして、第一回主争奪戦の火蓋は切って落とされた。



「……っくしゅん!」
ぞくりと悪寒が背中を駆けて、なまえがくしゃみをした。…嫌な予感がする。

隣を歩いていた大包平が、突然のくしゃみにぎょっとして肩を竦めた。

分かりやすくびくりとした大包平に、なまえが「ごめんごめん。」とあやまると、「別に驚いてなどいない。」と謎方向への強がりが返ってきた。

鶯丸の言っていたとおり、大包平は面白い。

町は師走ならではの賑わいを見せ、多くの人が行き交っている。
大包平に、万屋などのよく使う店を紹介しておくつもりだったのだが、年末商戦に煽られ、あれもこれも年の瀬に必要な気がして想像以上に買い込んでしまった。

買ったそばから荷物は取り上げられて、大包平の両手いっぱいにがさがさとぶら下がっている。
最初は申し訳ないな、と思っていたなまえだったが、いくつめかの荷物を持ち上げようとして「よいしょ。」と言う声が無意識に溢れたところを大包平に横取りされて、「軽いな?」とふんぞり返られてからは、もう大包平にぜんぶ持ってもらうことにした。

「ありがとう。」というと、「ふん。」と勝気に笑われる。
「力持ちやな。」と褒めたら、「当然だ。」と桜が舞った。

大包平ちょろいけど大丈夫かな、と少しの心配を胸に抱きつつも、家路につく。
本丸に帰ったら、すこし休もう。
ふわ、とあくびが白く空に溶けた。
冬の風に触れていたなまえの両手は、すっかり冷たくなっている。



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