黄金に紅


とある学校、高等部の学舎の屋上。
初秋の風が頬を撫でる。
ひら、と風を孕むセーラー服の襟は、まだぱりりとしている。

柵にもたれる格好でなまえはぼうっとしていた。グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。同年代の子たちが無邪気に笑っている声が、なんだかすこし胸に刺さった。センチメンタルの秋である。

と、そこへ声がかかる。

「大将のその服もだいぶ見慣れてきたな。様になってるぜ。」

振り返った先には厚藤四郎が、快活な笑みを浮かべていた。

「厚くん…!びっくりした。…えーっと、ありがとう。」

答えながら、なまえは不器用に微笑み返した。

『遡行軍を追って現地に潜伏、会敵後、速やかに殲滅せよ。』

それが今回の任務であり、審神者見習いとしてなまえに与えられた最後の課題であった。
いわばこれは審神者としてひとり立ちするための最終試験だ。

一般的に遡行軍殲滅に赴くのは刀剣男士のみだが、中には自ら刀を振るう審神者も居る。なまえもその一人である。

示された時は平成の末。

遡行軍出現時に発生する時空の歪みから位置情報は獲得できたものの、細かな時間の座標が絞りきれず、出現のタイミングに誤差が生じているらしい。

その為、なまえは学生としてこの学校に潜伏している。厚藤四郎もまた、なまえの護衛として同じ学校の中等部へと通っている。

もう、ひと月は経とうとしている。
夏休み明けから転校生として学生生活を始めたが、遡行軍は未だに現れない。

ぴらり、はためくスカートの裾を抑えて、なまえは「はあ。」とため息をついた。

「どーした大将。嫌なことでもあったのか?」

俺を頼れよな!そう言って笑う厚藤四郎の笑顔は眩しい。うっ、厚くんが今日も尊い…と思いながら、なまえは少し困ったように白状する。

「…いつ敵が現れるかわかんないって思ったら、友達、つくれなくって。」

あはは、と乾いた笑みが浮かんでしまって、バツの悪さをごまかすように頬を掻いた。

遡行軍が現れたら即交戦となる。それが今日かもしれないと思うと、クラスメイトとの交流に一歩踏み出せない。戦いに一般人を巻き込むのはあまり好ましくなかった。

それゆえ『一緒に帰らない?』なんて誘いを断り続けて早三週間。もはや自分はクラスの大倶利伽羅かな?と首を傾げてしまうほどだ。このままだと一匹龍王まっしぐらな気がする。

いずれ去る身だとわかっていても、一日の大半を過ごす場所で、ひとりで居るのはやはりどこか心細かった。

厚藤四郎はなまえの気持ちを汲んで、悲しげに眉を寄せた。彼女は本来ならば人懐っこい性格なのだ。それが他人を気遣うあまり、表に出せないでいる。なまえの不器用な優しさを、厚はよく知っている。

「あー、大将は優しいからなあ。」

「え?」

「巻き込まないように、って思ってるんだろ?」

至極当然のように、自分の葛藤の焦点を言い当てられて、なまえは目を丸くした。
そんな彼女に向かって厚藤四郎は、に、と笑いかける。燻る悩みのタネが、たちまちしぼんでゆくような、頼もしい笑顔だ。

「仲良くなっちまえよ。大将もろとも、俺が守ってやるぜ!」

きゅうん、となまえの胸が締め付けられた。
眩しい。どんなラブコメよりも眩しい。爽やかさの付喪神を顕現したんだっけ?と内心で首を傾げてしまうほどだ。

なまえは転校生として中等部に編入した厚の様子を想像してみた。
こんなにも爽やかで男気に溢れていて凛々しくてかっこよくて笑顔が似合っていて入部するなら野球部で爽やかで爽やかで爽やかでなぜか甘えたくなる中学生って存在するのか?
…………居ないだろうな。
罪深い転校生だ。すでに何人もの女子が厚くん沼に陥落していそうである。

そんな厚がへへ、と笑うものだから、なまえもつられて笑う。目尻が綻び、頬がふわ、と赤みを帯びる、彼女本来の笑顔だ。

「…厚くん、ありがとう…。」

この照れ笑いのような表情が、厚はたまらなく好きだ。愛おしい、守りたい、と思う。

大将は好い人だ。この時代にいる人々とは、いずれ別れることになるのだろう。だが、たとえひと時の縁だとしても、彼女の良さを知ってほしい、と思う。

「へへ、大将なら大丈夫だ。」

得意げな厚の様子に、なまえは面くらったように瞬いた。

厚の聡明な眼は、いつだって背中を押してくれる。その目を見るだけで、うん、大丈夫かもしれない、と思えた。

今度は、自分から声を掛けてみよう。と、プリーツスカートの影で、小さく拳をにぎった。



教師の話が呪文のように遠のく。

うつらうつらと船を漕いでいるなまえは、もう少しで眠りの淵へとたどり着きそうなところだ。

そんな彼女の手の甲に、とん、と何かが当たる。

「…ん、」

寝ぼけまなこを瞬かせて、机の上を見ると、小さく折られた紙切れ。
なんだろう?小さく首を傾げて紙をひらく。

そこには、『なまえ、半目になってる。』と丸みを帯びた可愛らしい字が連なっていた。

は、として送り主であろう友人に視線を向けると、にひ、といたずらに笑いかける顔があった。

その小さな紙の切れ端に『体育のあとの古文つらい。』と書き足して、投げ返す。

ふ、と紙に目を落とした友人が、わかりみしかない…!!と鬼気迫る顔をして頷くものだから、可笑しくて、笑いを堪えた。
笑っちゃいけない環境下だと、余計込み上げてくるのはなんでなんだろう。

俯いて笑いを噛みころしながら、勇気を出してよかった、と思う。

厚くんに感謝しなくちゃ、と考えて、友人の方に目をやった。
俯いた肩が震えている。

同じように笑いを堪えている姿がこそばゆくて、頬が緩んだのも束の間、それから、視界に入った光景に、すう、と頭の芯が冷えていくのを感じた。

友人の背中越し、窓の向こうに広がる暗雲。
見誤ることはない。それは、時間遡行軍が現れる前兆に他ならなかった。

水を打ったように胸が凪いだ。
行かなくちゃならない。

椅子を引く。がらら、と椅子の足が床を引っ掻いた音が、眠たげな教室の中に、やおら大きく響いた。

「すみません、…頭が痛いので早退します。」

それから、もう此処には来ないだろう。

後ろ髪を引かれるような思いで、机に掛けた鞄を手に取った。

先ほどまで笑いあっていた友人が、ノートに『仮病???』と書いてこっちに掲げている。それはさながらADのように。
カンペのようなのその紙はもちろんほかのクラスメイトの目にも入り、教室がほんのりと騒つく。

友人は明るくて面白い子だから、人目を惹く。人気者なのだ。
だから大丈夫、私がいなくなっても。

そんなふうに思って、切ないというのに、彼女はこちらの心中を察することなくノートのページをめくる。

今度のページには『デート????』と書かれていた。
そのうえジト目でにやにやと笑ってくるものだから、「違うよ…!」という声がもらい笑いで震えてしまう。

教室の雰囲気が和やかに緩んで、どよよと笑い声がさざめいた。

友人は満足げに笑って、「冗談。怪我しないように帰るんだよ。」と言った。

ざわめく教室の中で、ひときわまっすぐ飛んでくる声に、なまえの背筋が伸びる。

「うん…!」

そうして、なまえは「ありがとう。」と言う。
さよならの代わりに絞り出したその声には、言葉に変えきれない思いが乗っていた。

教室を出る。名残惜しくなりそうで、振り向かなかった。



階段を駆け下りて、昇降口へ。
正門を抜け、空の淀みを目指して走った。

すでにこの時代で人の身を起こした男士たちは、陸奥守吉行、御手杵、大和守安定の三振りだ。彼らには、この学校周辺での時間遡行軍出現に備えて警戒態勢をとるように伝えている。それぞれ敵の元へ向かっているはずだ。ひどい現地集合もあったものだ、となまえはすこし辟易する。見習いとはいえ、こんな任務の時くらい、こんのすけが派遣されてもいいのに、と思った。

「大将!」
すぐ後ろから声が掛かって、厚藤四郎が合流する。駆けて、駆けて、やがてたどり着く。

暗雲は、拓けた山の袂にその裾野を広げていた。
紅く染まった紅葉の木が連なる広場。その一帯が、まとわりつくような黒い靄に澱んでいる。

厚藤四郎と目配せを交わし、なまえは両の手をたん、と合わせた。
くっつけた手のひらの隙間から、ぶわり、桜の花弁が吹き出すように舞い上がる。

そしてそれは瞬きの隙間、ふいに現れる。

すらりとした立ち姿、金糸のような髪。
山姥切国広、なまえの初期刀だ。

山姥切国広は、なまえが一人の時に襲撃を受けるなどの万が一の状況に備えて、霊体のまま、彼女の守護についていた。

はらはらと舞う桜色の中に、二対の青がふ、とひらく。まっすぐなまえの目を見据えて、状況を汲むように頷くと、口を開いた。

「…いくぞ。」
手首の術式から脇差しを取り出したなまえと、厚藤四郎が応え、一斉に駆け出した。

近付くにつれ、木立のむこうから剣戟が聞こえる。どうやら先行部隊はすでに交戦中のようだ。まばらに生えた紅葉の樹が、とつとつと視界を分断していて、戦況の把握がしづらい。

なまえが眉を顰めていると、ぬらり、すぐ側の木立から敵の打刀が姿を現す。すぐさま脇差しを構えて、臨戦体勢をとった。

厚と山姥切に目配せする。二人はなまえの意図を汲み、彼女の両脇を固めるように立ち位置を変えると、周囲の様子に神経を研ぎ澄ませた。

敵の目が、ぎょろりと此方を見た。じくじくと膿むような殺気が肌に張り付いて、不快な汗が背中を伝う。

なまえは相手の動きに集中する。ぴく、と体重移動が行われ、打刀が動くーと予期した視界の片隅で、キィンと火花が弾けた。死角から飛び出してきた敵短刀を、厚藤四郎が斬り伏せる。

それが開戦の合図のようだった。

厚藤四郎がすう、と息を吸い、左手前方から現れた敵に向かって駆け出す。
「大将には、指一本触れさせねえぜ!」

一斉に動きだした敵に応じて、なまえと山姥切もまた、背中合わせに地面を蹴った。

振りかぶられた打刀。見切った剣筋を往なすように弾いて、手首に一刀。すかさず敵の胴へと斬り込んだなまえの一閃で、落ちてきた紅葉の葉がすぱりと切れた。ややあって、ぶわりと相手は霧散する。
「ふ、」
足を止めたなまえの動きに従って、ぱら、重力を追いかけてスカートのプリーツが落ちる。

これで終わりではない。あと何体の敵が潜んでいるのか。やや遠くからの剣戟がまだ鳴り止まないことからも、少なくないと分かる。

戦況を伺いながらも、一体、また一体と切り伏せていく。

次々と現れる敵に応戦し続けて、なまえの息が少しづつ上がり始める。
呼吸を均一に、と努めて意識した。

日々男士たちと鍛錬に励んでいるとはいえ、なまえは生身の人間だ。肉体は人のそれであり、刀剣男士と違って相応に脆い。
相手の一挙一動に集中し、まず、攻撃を受けないことを最優先しなければならない。

やがてかち合った敵は脇差し。

下半身が異形のこれは、なまえが最も苦手とする敵だ。重心移動が読みづらく、また、脚の一本一本が鋭い刃物と化しており、攻防ともに手数が多い。

短刀のように、敵の一手が迫る前に懐に飛び込むことができたら、或いは腕力のある他の男士たちのように相手の脚ごと斬り裂けたなら、そう手強い敵ではないのだけど。自分の身体はこれひとつだけ。

無い物強請りをしている自分に気付いて、なまえは眉根を寄せた。苦く笑う。

今は集中しろ、集中ー…。
このときなまえは、感覚の全てを敵脇差しに向けていた。

だから気付かなかった。
気付けなかったのだ。

後ろから、ぬうと現れた大きな影。

それが、ゆっくりと弓を振り絞るように腕を引き、なまえの命を摘み取ろうとしていることに。

不自然に流れた空気に、ちり、となまえの感覚が危機を拾って警笛を鳴らす。

「…っ!!」

間に合わない。

息を飲んだ、瞬間、後ろから足を払われる。
ふ、わ、と身体が浮き、仰向けに倒れる最中、びゅおうと音を立てて目の前を鈍色の刃が横切った。
さっきまで、自分の首があった位置である。

視界に舞う赤が、スローモーションで散る、それは蹴りあげられた紅葉だった。

ひ、と息を飲み、受け身を取ろうと左手のひらを後ろに向けたところを、ぐい、と抱きとめられた。

はらはらと紅葉舞う視界に、目映いばかりの黄金色の髪、その奥の、宝石のような瞳と視線が合う。

「無事か。」

足を払ってなまえを引き倒したのは山姥切国広だった。腰に回った頼もしい腕に安堵する。

山姥切はもう一方の腕でなまえの両膝を抱えると、力強く踏み切った。瞬く間に敵の攻撃範囲から退避する。

なまえを引き裂くはずだった敵の刃は空を切り、禍々しい姿をした大太刀は、血が欲しいと嘆くようにぐおおと呻く。

…危なかった。山姥切が気付いてくれなかったらと思うと、あったかもしれない不吉な未来が脳裏を掠めてぞっとする。

「まんばちゃん、ありがとう…。」

なまえが言うと、山姥切は、ふん、と鼻を鳴らして宣う。

「あんたを守るのは当然だ。それに、」

山姥切りは言葉を区切ると、腰もとの鞘に手を掛ける。いまやその体によく馴染んだ抜刀の仕草だ。
なまえを助ける瞬間納めていた自身の刃を、す、と抜く。しゅるる、と刀身が鞘の中を滑る音が、安心させるようになまえの耳を撫でた。

空虚な秋晴れの空の下、美しい刃が、青く光を放つように閃く。その刀に宿った付喪神の、瞳の色と同じに、凛々と涼しく。

「…怪我をしないと約束したんだろ。」

ぶっきらぼうな言い草。
なまえの脳裏に、友人の顔が過った。
「へ…。」
どうやら山姥切は、一連のやり取りを霊体のまま見ていたらしい。

いつから見られていたのだろう。
その疑問の答えは転校初日の自己紹介で噛んだところからであり、二週間に及ぶ不器用なコミュニケーションを経て、ようやく打ち解けて、友人と呼べる存在を持ってから最後の別れまで、まあだいたい全部なのだが。

なまえは知らない。

屋上に続く階段に腰掛けて、ひとりぼっち飯をぱくついていた隣にも山姥切がそっと寄り添っていた。

なまえは気付いていないが、山姥切国広はずっと傍に居た。

彼女と同じように、少し寂しげな顔で、時に退屈そうな顔で、はたまた嬉しげな笑みで。

なまえが友人に初めて自分から声をかけたあの時だって、ゴクリと緊張した面持ちで、一緒になって、手に汗を握っていた。

山姥切国広は、ずっとなまえの傍に居たのだ。

だから。

『怪我しないように、帰るんだよ。』
『…うん…!』

目尻の緩んだ、よく似た顔で。
あの時も、共に。

ーー…

「安心しろ。あんたを嘘つきにはしない。」
「……っ。」

目を丸くしたなまえの表情をちろりと見遣って、山姥切は口の端で僅かに笑む。

擦り傷一つ、負わせるものか。

国広随一の最高傑作という自負の滲んだその笑みは、これまで与えられた賞賛に相応しい美しさを湛えている。

山姥切国広は敵を見据えており、空より碧い瞳は、澄み切った殺気に研ぎ澄まされている。

ふ、と強張っていたなまえの体から力が抜ける。山姥切の毅然とした物言いが、なまえの体から緊張と動揺を抜き去ったのだ。

「あんたはここにいろ。…帰ったら、みっちり稽古をつけてやる。」

「え、まんばちゃ…。」

部隊長からの待機命令を受けてしまった。

潜伏や会敵までの指揮は審神者であるなまえがとっているのだが、戦闘中に関しては部隊長である山姥切の指示に従うことにしている。
なまえの命を最優先するための、決め事だった。

なまえは、もっと努力しないと、と悔しい気持ちを噛んだ。それから、山姥切国広の背中を見つめる。

敵へと果敢に駆けていく後ろ姿は、眩しかった。

山姥切は、大太刀の大振りな横薙ぎを躱す。駆けたその勢いのまま、足元の落ち葉を滑り、脇差しに一閃。

喘ぐように振りかざした脇差しの脚を、左手の鞘で往なして、大太刀の脇腹へ一突き。
素早く抜かれた刃で、バランスを崩した脇差しを一太刀に切り伏せると、真正面から大太刀の重い一撃を受け止めた。

キイィン、と刃の触れ合う音が空気を揺らす。

覆いかぶさるような大太刀の力技をもろともせず、ぐう、と脚を曲げた山姥切が刀を弾き返した。
瞬間、音も無かった。
碧い光が閃いて、大太刀は地面へ倒れる。
そして他の敵と同様、散り散りになり溶け消えた。

血振りをして、納刀。

いつのまにか、止んだ剣戟の喧騒。

きん、という澄んだ音に、全てが収束する。



なまえが見習い審神者を卒業し、ひとり立ちをしてから数ヶ月が経った。

時は桜の季節。
なまえは厚藤四郎と山姥切国広を連れて、あの学校の屋上へと来ていた。

高等部の卒業式が行われている。

グラウンドには在校生が花道を作っており、その間を卒業生たちが別れを惜しみながら歩いて行く。

「あ、居た。」

幾月か前、笑い合った友人の姿を見つけた。
相変わらず人好きのする笑顔を浮かべて、後輩たちと言葉を交わしている。

「どこだ?」
山姥切国広が、なまえの傍らで目を凝らす。
「大将の友達…あの子か?」
厚藤四郎もまたなまえの視線を追うように、グラウンドに視線を落とした。

幸せそうに笑っている。
新たな門出のときだった。

おめでとう。と、贈るように想って、なまえは微笑んだ。

手のひらを器にして、ふう、と息を吹きかけると、なまえの気持ちは桜の花弁の形をとって、空に舞い上がる。ひゅお、と風が吹いて、それは校庭へ運ばれていく。

眩しい、桜吹雪。

今年卒業式を迎えた少女は、ふ、と校舎に目を向ける。誰かがそこで、笑った気がした。

そ、っとポケットから取り出したのは小さなノートの切れ端。

『ーー、半目になってるよ。』
『体育のあとの古文つらい。』

誰かの名前が書いてあったであろう場所は、すり切れてしまい、読み取れなくなっている。
他愛ないやりとり。なのにどうしてか捨てられず、ポケットの中に入れたままになっていた。

どこからか降りてきた桜の花弁が、ひら、ひら、と笑うように舞う。

遠い記憶の向こうに、懐かしい照れ笑いが見えたような気がして、彼女もまた、そっと、微笑んだ。

この子達がまた、歴史を紡いでいくんだ。
なまえは、満足したように笑う。

「帰ろっか。」

「ああ。」
「おう!」

応えてくれる頼もしい声を携えて、戦うんだ。

歴史。
それはいくつもの人生が絡み合い、重なりながら紡がれた、長い長い、思い出の物語。

この日なまえは、自分が守るべきものの、本当の姿を知った気がした。



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