長谷部が脱ぐ

「ぬ、脱ぐ、俺がですか…?」

正座で向き合った状態で、何も聞かされていなかった長谷部は斜め上からの主命に戸惑いました。しかし、そこは長谷部。視線が揺らいだのをなんとかもち直して、自分の中の恥じらいを圧し切りました。

「…主の命とあらば。」

長谷部はおずおずと立ち上がると、ちらり、あなたの方を見ます。あなたはまっすぐに長谷部を見上げました。そう、だってこれはご褒美ですから、受け取らねばなりません。

あなたと目があって、長谷部の頬に熱が集まりはじめました。彼は思考を断ち切るように、両腕を後ろに回して、背中の蝶々結びを引きます。

ぺろりと肩を抜くように、ストラが解けて床へと落ちました。防具が、かしゃんと鳴る音が、あなたと長谷部、二人きりの部屋にやたらと大きく聞こえました。

あなたにとっては、まだまだいつもの長谷部ですが、長谷部はあなたに見られているという、この状況で服を脱ぐということに慣れません。

先ほどからあなたの視線を気にして、ちらちらと顔色を伺う長谷部ですが、あなたは特に助け船を出すつもりはありませんでした。
主命とあらばなんでもこなす忠臣の、心意気たるや見届けてやろうという、好奇心に心を支配されているのです。

襟ぐりを広げるようにして、カソックから両腕が抜き取られると、重力にそってぱさり、ストラにかさなるようにして、地面に落ちました。

これでもまだクールビズ長谷部です。

手袋をぴっと引き、右手、左手、が抜き取られました。脱いだ手袋をくしゃりと丸めてスラックスのポケットにつっこみ、長谷部はシャツの袖もとのボタンへ指を掛けます。

「……。」

ここへきて長谷部の頭に、一つの疑問が過ぎります。主の期待に応えるのは当然だが、脱ぐ、というのは、果たして、どこまで?

しかし主命なら、自分にそれを拒む理由はない。主の希望に沿ってこその忠臣なのですから。

頬に集まった羞恥はその熱量を増してゆき、長谷部は、耳たぶがじいんと痺れるのを覚えました。

ぷちん、ぷちん。
上から順に、シャツのボタンが外されていきます。

長い首筋から、鎖骨、うっすらと筋の入った胸筋、腹筋、白い肌があらわになるにつれ、長谷部は俯いてしまいます。

あなたの視線が注がれていると思うと、長谷部の肌はじりじりと火照っていきます。
切り揃えられた髪が、俯いた頬をさらりと流れて、真っ赤な耳が、首筋が、白日のもとへ無防備に晒されました。

カマーバンドからシャツの裾を引き抜いて、ついに最後のボタンが外れてしまいました。

「あるじ…。」

このような格好を主の目に晒すなんて、長谷部は気が気ではありません。
勝気な眉は下がり、無意識でしょうがあなたに縋るような表情をしています。

明るい室内は、長谷部の腹が呼吸に合わせて動くのさえ、あなたの目にしっかりと見えるほどです。

しかし、これではまだ脱いだとは言えまい。もうひと声、です。

長谷部は察したらしく、赤い頬を隠せないまま、カマーバンドのボタンに手を伸ばしました。
しかし、恥じらいから指先が震えてうまくボタンが輪をくぐりません。

あなたが見ている。その視線を感じれば、感じるほど、ボタンはからかうように、ふい、と長谷部の指先をすり抜けるのでした。

見かねたあなたは座ったままで、手招きをします。

長谷部はすぐさまあなたのそばへ寄ります。
遠くから見られているという心細さが、ちょうど限界に達するところだったようです。

あなたは、目の前にかがみ込んだ長谷部の頬を、慰めるように撫でてあげました。

ほとんど泣きそうになりながらも、あなたの優しさに触れて、長谷部はこくりと頷きます。

それでも後ろ手にボタンを外すことにまごついているので、あなたはため息をつきました。

長谷部は肩をびくりと揺らします。その様子に、あなたの中の加虐心がふわ、と風を孕むように膨らみました。

あなたは長谷部の腰に手を伸ばして、くるり、とカマーバンドを回してやります。
後ろにあったボタンが、正面へと回りました。

これで外せるでしょ?とあなたが長谷部を見上げると、きゅう、と切なそうに下唇を噛んだ長谷部が、ボタンをぷちり、ぷちり、外しました。

すらりとした腹の凹凸に、すっとナイフを入れたような臍の窪み。
刀剣男士にも、臍があるというのが、あなたはどうも不思議に思えて、どうしてだろう?と思った時には、そこへ指を伸ばしていました。

するり、割れた腹筋の谷間をなぞり、ぷつ、と吸い込まれるようにあなたの指先が長谷部の臍へ差し込まれます。

「あ、あるじ…!」
焦ったような声がおりてきます。だけど、長谷部はあなたのことを咎められないので、行き場を無くした両手はきゅっと体の横で握られています。

いつも澄まし顔の長谷部が、頬を真っ赤にして狼狽えているのを、あなたは好ましく思いました。

もっといろんな顔を見たい、という興味がそっと、あなたの口角を持ち上げます。

衣服の下で、羞恥し、汗ばんだ長谷部の肌の感触を覚えた指先は楽しげに長谷部の体を行き来します。

何かを堪えるように、ぎゅっとつむられた瞼。端整な顔立ちは、そんな表情も様になるんだ、とどこか他人事のようにあなたは思いました。

嫌なら、腕を掴んでやめさせればいいのに。それが出来ないなんて、かわいそう、かわいそう、かわいそうで、ああ、なんて可愛い。

あなたはお腹から手をのけて、長谷部の顔を見ました。離れたあなたの手を、どこか名残惜しく感じる自分へ戸惑うまま、長谷部はあなたの瞳を見返しました。

おずおずと開かれた紫の瞳へ、あなたは目配せをします。

主命は、服を脱ぐこと。
ねえ?まだ終わってないよね、と。


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