君はすでに走りだしている


大倶利伽羅は本丸に帰還し、審神者の部屋へ顔を覗かせた。

毎回面倒極まりないが、任務のあとには審神者へと報告を行うのがこの本丸のルールだ。

「…戻ったぞ。」
「おう、おかえりー。」
審神者が大倶利伽羅の顔を見上げて、にやりと笑う。
秘密の共有を持ちかけるような笑みに、大倶利伽羅が訝しげに眉をひそめる。

「…なんだ。」
「いや別に?大倶利伽羅、いつでもさっきの時代に飛んでいいんだからな。」
何が言いたいのか、こいつはいちいち回りくどい話し方をする。こちらを見透かすような視線も気にくわない。

「…何が言いたい?」
「大倶利伽羅、お前のがんばりに俺の命運がかかってるんだ。」
「…?敵なら全部殲滅した。」
「いや、そうじゃなくてだな…。なんのために単騎出陣させたか…お前まさか…!何もせずに帰ってきたのか!」

大倶利伽羅は、何言ってるんだこいつ。という思いを包み隠さず顔に出す。
なにを寝ぼけてる。何もせずに帰ってくるはずがないだろう。あの時代の時間遡行軍は、すべて倒した。…あいつも、目覚めるころにはすべて忘れているはずだ。

「…あの程度なら、俺一人で充分だろう。関わったやつの記憶もちゃんと消したはずだ。」
「…!おい!記憶消したってまさか!女の子の記憶じゃないだろうな!」

まったく要領を得ない会話に、大倶利伽羅はだんだんと嫌気が差してくる。
記憶を消すのに男も女も無いだろう。
「…何の問題がある?」
「どんな子だ?お前から見て可愛い子か!?」
「別に…普通だ。」

この時の大倶利伽羅の伏せた視線の意味を、審神者は見抜く。返事が、「どうでもいい。」じゃないことに、彼は驚いた。
初期刀として顕現させてから、いったいどれだけ一緒にいたと思ってるんだ!と誇りのような自信が、大倶利伽羅の胸のうちを見抜いた。

「大倶利伽羅、あのな、心して聞いてくれ。…俺のひぃひぃひぃひぃひぃひぃひぃじいちゃんがさ、刀の付喪神なんだ。」
「…なんの話だ。」
藪から棒に。馴れ合いもといつまらない話は光忠か貞宗とやればいいものを。

審神者が袖を捲りあげる。
彼としては、人の恋路にあれこれ口出しはしたくない。と思っていたが、どうやら甘かったらしい。
せっかく単騎で出陣させたというのに!この奥手!意外と紳士!伊達男!…あれ?…褒めてる!

捲られた審神者の腕。そこにはひどく見覚えのある龍が居て、大倶利伽羅は盛大に眉根を寄せる。

それもそのはず。審神者の腕には倶利伽羅龍。

…お揃いの彫り物とか寒すぎる。大倶利伽羅は全身に鳥肌が立った。一歩、下がる。体中が、馴れ合いはごめんだ、と騒めく。

「アンタ…それ。お、お揃い…じゃないだろうな!!」
主のことを信頼してはいたが、さすがにキモい。お揃いすなわち馴れ合いの極み。口にするのもおぞましい。
この世に生まれてこの方これほど引いたことはない。鶴丸が作った、白身だけの卵焼きの方が幾分かマシだ。

「誤解だ誤解!!これは生まれつき!!」
「生まれつきで彫り物がある人間は居ない。」
真顔を通り越した真顔の大倶利伽羅を、審神者がどうにかなだめる。ややこしい自分の身の上話を、さすがに今までやらなすぎたらしい。
「だから、俺はちゃんとした人間じゃないんだって。」
「…何を言ってる?」

審神者はもはや言葉をえらんでいられなくなった。大倶利伽羅は今にも帰りたそうにしている。馴れ合いアレルギーなのだ。

「大倶利伽羅の恋路がうまくいかなきゃ、俺は生まれてなかったことになるって話だ。」
「……。」
「だからよろしくな、おじーいちゃん。」
「…おい、まさか。」

この時、大倶利伽羅の中ですっと線が繋がった。同時に、ぶわりと頬が燃えるように熱くなる。まさか、まさか。そのまさかである。

審神者は、大倶利伽羅と名前の子孫だ。

「…!?」
「はっはっは、じーちゃん、なんつってもまだまだ俺の方が場数踏んでるな!」
「…黙れ。」
「黙らない!おーい、みつただー!伽羅坊に恋愛指導したってくれー!」
審神者が廊下に向かって叫ぶ。
ひんやりと部屋の温度が二度ほど下がる。
「ぶっころすぞ。」
「…と言いつつ刀を抜かないところに愛を感じるなあ。さすが俺のご先祖さま!」
「表へ出ろ。」
「いったい痛い痛い痛い!あほ!関節決めたら外に出れな…っぎぶぎぶぎぶぎぶ!」
大倶利伽羅の行き過ぎた照れ隠しの関節技が、審神者の体を容赦無く軋ませる。

「呼んだかい?ってわああ!伽羅ちゃん!離して主が伸びちゃう!」
「煩い。」
「なんだー?主はまーた伽羅ちゃんの逆鱗に触っちまったのかい?」

「主、抜けれるか!?おっと、1…!2…!3…!」
「鶴さんも!カウント取らなくていいから!」

さあこれにて、
ラブコメディの始まり、はじまり。




back

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -