きのうの足跡


ぴんぽーん。という音で名前が目を覚ます。

ベッドの上でむくりと身を起こして、しばし逡巡した。名前は、何かとても重要なことを忘れてしまっている気がして、あたりを見渡す。
そこはなんの変哲もない自分の部屋で、開いたカーテンが、ふわ、と揺れた。

「窓…開けっ放しで寝ちゃった…?」
昨晩のことが、よく思い出せない。
残業して、電車を降りたところまでは覚えているのだけど。お酒を飲んだ覚えもないのに、記憶をなくすなんて。

「…疲れてたのかな。」
もう一度、ぴんぽーんという音に思考が遮られる。
「はーい。」
立ち上がってインターホンのモニターを見ると、宅配便のようだ。

起き上がって玄関へ向かう最中の違和感。
テーブルの上に、チャーハンが作られている。とても家庭料理感たっぷりの、ソーセージと玉ねぎの。チャーハンというより、残り物炒めご飯という名がふさわしいような一品。

「…こんなの、作ったっけ?」
まったく思い出せない昨日の自分に、飽きれた。丁寧にラップまでされている。作ったのに食べないとは、昨日の自分のことが分からない。疲れているときは、まず料理なんてしないのに。

受け取った荷物を開封する。
よく利用するネットショッピングの、見慣れた段ボール。蓋を開けて、首をかしげた。

「…なにこれ?」
届いた荷物の中身は、用途の知れない粉と油と紙と…木槌だ。

「…なにこれ??」
二回目もでる。

いくら頭を捻ろうと、出てこない。
なぜこんなものを頼んだのだろう。届け間違いか、と思って宛名を確認する。紛れも無い自分の住所と名前。悪戯か何かだろうか。携帯を確認する。しっかりとある注文履歴に顔をしかめながらも、クーリングオフをしかけていた指先が、ふと止まる。

なぜだろうか、きっとまた使う時がくる。と、確信にも似た予感がした。

何に使うかも知らないのに?
疑う自分に蓋をするように段ボールを閉じた。
「…まあ、いいか。」
この道具の使い道。その予感が、なぜか胸を弾ませる。

無意識チャーハンの味見でもしようと立ち上がったところで、またもやインターホンの音。

おかしなことは、立て続けに起こるものだ。




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