温度をわけあう


「…さて。」
就寝準備を整えたところで、刀に向き合う。

日本刀をこんな近くで見るのは初めてだけど、素人目にもこれが只者じゃないということはなんとなくわかった。すごい骨董品オーラが出ている。
「濡らしたら錆びそう…ですよね。」
とりあえず鞘に着いた血と砂埃を、乾いた布でふき取る。

拭き取ったところで、手が止まる。
もちろん私はラストサムライでもなんでもないので、ここから先はグーグル先生を頼るしかない。

打ち粉…?拭い紙…?丁子油…?
木槌もいるのか。とりあえず全部ポチっておこう。消えてしまったあの子が取りに来たときに、役に立つように。
それに、「汚れたままじゃ気持ちわるいよね。…うわ、また話しかけてる。」
一人で刀に話しかけてる人のほうが気持ちわるいか。…疲れてるな。

なぜかあの男の子とは、また会えるだろうという確信があった。
目の前で消えられておいてなんだけど、なんとなく、あの子の気配がまだ近くにあるような気がした。

拭い紙は、ティッシュでも代用可能と書いてあるネットの意見をとりあえず鵜呑みにして、そっと刀を抜いた。
立派な龍の浮き彫りが現れる。ぎらり、と刃が鈍色の光を鋭く反射する。その鋭さに、あの金色の瞳を思い出す。

『触るな。』と怒られそうな気がしたけれど、怒られるよりもこのままにしておく方が嫌だったので、ティッシュを手に取り、そっと表面についた埃を払う。
「おせっかいでごめんね。」
謝ると、まるで舌打ちみたいに刀が閃き返して、似てるなあ、と可笑しくなった。

払えば払うほど、刀が輝きを増すように光る。
これが本来の美しさなのだろうか。ティッシュでこの輝きが出せるとは、もしかしたら才能があるのかもしれない。…なんて、日本刀を磨く才能って、今後どこで発揮すればいいのか皆目見当がつかないけれど。

「よし…!」
綺麗になったところで、刀を鞘に収めた。枕元に立てかけて、時計を見たら夜中の三時を回っている。明日が休みでよかった。ぜったい二度寝しよう。そう心に決めて、ベッドに横になる。

電気を消した暗がりの中で、背中にぶわりと悪寒が走った。

嘘のように遠くにあった先ほどの出来事が、突然まざまざと思い起こされる。暗闇が、むやみに馴れ馴れしい。

男の子の肩を貫いた、刃物のどろりとした気配。あれは本来、私のことを殺すはずだった。そう思うと全身が寒気に包まれて、恐ろしくなった。あの大きな怪物が、寝ている間に来たら…?たまらず、起き上がって電気を付ける。

明るくなった部屋にはもちろんさっきの怪物の姿などなく、肩透かしを食らうほど間抜けて見える。
怖がっている自分を、冷静な自分が阿呆らしいなあ、と笑うけれど、やっぱり心細さを拭いきれない。そうして部屋を見渡すと、なんだかずっしりと落ち着いている先ほどの刀が目に留まる。

「…まさか刀に添い寝してもらう日が来るとは…。」
胡座をかいて、刀を肩に抱いて眠る武士の気持ちがなんとなく想像できた。

布団の中、刀を手に抱いて横たわる。
重たい、立派な鞘は、体温を吸ってじんわりと暖かい。明かりを消しても、なぜか手元に刀があるだけで頼もしい。振るうこともできないのに。

シュールな光景に笑いそうになって、やっと眠気がまぶたを覆った。
「…おやすみ。」
誰にともなくこぼして、眠りの底に、そっと体を横たえた。




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