夜道にご用心


すっかり遅くなった。
終電での帰り道、駅から家までは10分。公園を通り抜ける近道は慣れたもの。夜桜が街灯にぼんやり浮かび上がる。人の気配が無いのを良いことに、のんびり歩く。白く燃えるような、花。都会の中浮雲のように、それは眩しい。

その時だ。桜を見上げていた視界の片隅を、ザッと何かが横切った。瞬間、物凄い力で後ろに引き寄せられる。
「…下がれ。」
尻もちをついた私の傍から躍り出たのは、学ランを着た褐色の肌の男の子だ。
「えっ?」
ぬらり。夜闇に青白く、引かれる一閃。あれは、日本刀…?混乱で追いつかない頭をかち割るような、キィン!という音と、火花が弾け飛んで、身が竦んだ。

鬼のような生き物が、ぐうお、と唸り声を上げて、血飛沫とともに一瞬舞って灰のように風に解けるのを、たしかに見た。
夢でも見ているのかと視界を疑ったけれど、夜桜の精密な造りが、夢のように曖昧な解像度ではなかった。

「な、なに!?」
「煩い。」
理不尽だ、とても。現状を理解することさえままならないまま、口を噤む。学生なら年下だろうに、なんなんだこの威圧感は。日本刀を携えた男の子は、一分の隙もなく闇の奥に目を凝らしている。

暗がりの向こうから、キィィ、と金属を擦り合わせたような音がする。心をぞわりと逆撫でされるような不快感に顔をしかめた途端に、しゅるりとなにか緑の光を纏ったものが飛んできた。
男の子が刀を振るう。一太刀、そのまま身を翻してもう一太刀。身軽な足さばきは猫のように、僅かな土埃を立てて着地する。不気味に光る蛇のような形の生き物は空中でばらりと捌かれて、先ほどの鬼と同じに灰になる。

呆気にとられる間に、男の子の腰に巻かれた赤い布がふわりと舞い上がった、それがなぜかスローに見えて、不躾に綺麗だな、と思った時には、顔にぽたり、なにか雫が掛かった。
座り込んだままの私のすぐ側に男の子が居て、ぐうっとしかめた顔が見えて、その子の肩を、貫いた青い炎が、どろりと嫌に光っている。
「…チッ。」
心底不快そうな舌打ちとともに、ガツっと骨を砕くような音が聞こえて、青い炎ごと、私のすぐ後ろにいた黒い影が霧散した。

「…っはあ。」
男の子のため息で、我に返った。
「血!血が出てる!きゅ、救急車!」
「…余計な真似をするな。」
鞄の中から携帯を探り出した手首をぎゅっと握られる。夜に浮かんだように光る瞳は金色をしていて、それがとても人には見えなくて、私は動きを止めた。

先ほどの炎を纏った生き物がなんなのか、この男の子の形をした彼の正体はなんなのか、まったく想像もし得ない。
ただ額に滲んだ汗や、寄せられた眉が苦しげで、居た堪れない。

「でも…それ、どうしたら。」
「…放っておけ。」
「放っておけるわけない。」
なんて口が悪いんだ。せっかくかっこいいのに、ヤンキーなのか?残念ながら私はまあまあいい大人なので、不良中高生を生温い目で見守る程度の度量は備えているつもりだ。
鋭い金眼を、ひるみそうになるのを堪えて見つめ返したら、ぐらり、と男の子がよろめいた。どさりと倒れ掛かってくるのを、どうにか受け止める。

受け止めた体はずっしりと重く、肩のところがじわりと湿ってゆく。
「っ…くそ。」
一人で立てないくせに、もがくように、足掻くように突き放そうとするので、背中に手を回して、そっと体重をもらうように抱き寄せる。
「…大丈夫だから、任せて。」
救急車がだめなら、病院もきっとだめなのだろう。というか通報したら五秒で銃刀法違反になる。でもこの子は私を守ってくれたのだから、今度は私が守らないと。なんとかなる、なんとかなる、なんとかするしかない。
大人しくなった背中を、自分に言い聞かせるように撫でていたら、大きな体からくたりと力が抜けて、ふっと消える。

そうして、かたり、腕の中には一振りの刀が残った。






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